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市川と東山魁夷

更新日: 2014年12月11日
市川市東山魁夷記念館は、20世紀の日本を代表する日本画家である東山魁夷が生涯の大半を過ごしたゆかりの地である市川市に、2005年11月に開館しました。 戦後まもない1945年(昭和20年)から1999年(平成11年)逝去するまでの50余年間市川に在住し、その輝かしい画業は市川の誇りでした。 画伯と呼ばれてもなお、つねに自分をみつめ、修行僧のように画業を積み重ねていったその生き方は、描いた静謐な絵の中に投影されています。 歩んできた人生、その人となりが東山魁夷の世界を形成しているといえるでしょう。 市川市東山魁夷記念館は、「人間・東山魁夷」をコンセプトに、人生と作品をはじめとする資料を展示公開し、偉大な業績を顕彰し、情報を発信していきます。
リンクをクリックして詳細をご覧いただけます
1908年(明治41)  東山浩介・くにの次男として、横浜で生まれる(本名 新吉)。
1911年(明治44)  父の仕事の関係で、神戸西出町に転居。
1921年(大正10)  兵庫県立第二神戸中学校(現兵庫高等学校)に入学。
1926年(大正15)  東京美術学校(現東京芸術大学)日本画科に入学。
1929年(昭和4)   第10回帝展に≪山国の秋≫を初出品。初入選。
1931年(昭和6)   東京美術学校を卒業。
1933年(昭和8)   東京美術学校研究科を修了。
              ドイツへ留学。(~1935)
1940年(昭和15)  日本画家 川崎小虎の長女すみと結婚。
1945年(昭和20)  応召し、東部第83部隊(現千葉県柏市)に入隊。
                       熊本で終戦を迎える。市川市高石神に仮寓して制作を再開。
松丸宅
1946年(昭和21)  市川市鬼越で味噌醸造業を営む中村家の工場の事務所2階で
                           間借り生活を始める。
中村家事務所前にて
1947年(昭和22)  第3回日展に≪残照≫を出品。特選・政府買い上げとなる。
≪残 照≫東京国立近代美術館蔵

1950年(昭和25)  第6回日展に≪道≫を出品。
≪道≫東京国立近代美術館蔵
1953年(昭和28)  市川市中山1丁目に美術学校で同窓であった建築家による
                          吉村順三設計の新居を建てる。
自宅玄関前にて
1956年(昭和31)  前年の第11回日展出品作≪光昏≫で
                          第12回日本芸術院賞を受賞。
1960年(昭和35)  東宮御所(現赤坂御所)に、壁画≪日月四季図≫を制作。
1962年(昭和37)  北欧へ写生旅行。
1965年(昭和40)  日本芸術院会員に任命される。
1968年(昭和43)  皇居新宮殿の大壁画 ≪朝明けの潮≫ を制作。
1969年(昭和44)  ドイツへ取材旅行。
                        文化勲章を受章。文化功労者として顕彰される。
1974年(昭和49)  日展理事長に就任。
1975年(昭和50)  唐招提寺御影堂第 I 期障壁画を制作。
1976年(昭和51)  この年より1978年にかけて、3回にわたって中国を歴訪。
1980年(昭和55)  唐招提寺御影堂第 II 期障壁画を制作。
1981年(昭和56)  唐招提寺に鑑真和上像厨子絵≪瑞光≫を奉納。

大ホール 緞 帳
唐招提寺への道展
                           市川市より名誉市民の称号を贈られる。
名誉市民
1990年(平成2)   長野市城山公園内に長野県信濃美術館 東山魁夷館開館。
 
1994年(平成6)   市川市生涯学習センター内に東山魁夷アートギャラリー開館。
アートギャラリー
1999年(平成11)  5月6日 逝去。
                        従三位 勲一等瑞宝章を贈られる。