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⇒市川ゆかりの著作家 永井荷風

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更新日: 2018年12月5日

永井荷風(1879-1959)

荷風イラスト

略歴

荷風著作
 東京文京区生まれ。小説家・評論家・フランス文学者。耽美主義の反自然主義文学の中心的作家。
 
1898(明治31)年、20歳で広津柳浪の門弟となる。
1903(明治36)年、24歳で渡米。フランスを経て1908(明治41)年に帰国し、『あめりか物語』『ふらんす物語』を発表、さらに1909(明治42)年江戸情緒的な風俗小説『すみだ川』を発表した。
1910年に、森鴎外・上田敏の推薦で慶應義塾大学文学部の教授となり、文芸雑誌「三田文学」を創刊し、自然主義の「早稲田文学」と対立した。また谷崎潤一郎の作品を認め、同じ耽美派の後進として引き立て、文壇に登場させた。
1916年(大正5)年、37歳の頃、慶應を辞し三田文学からも離れる。その後、余丁町(現在の新宿区)に移り住み、そこを「断腸亭」と名付けた。『断腸亭日乗』を綴り始めたのは1917年(大正6)年9月頃である。1920(大正9)年、麻布市兵衛町(現在の港区六本木)に新築した『偏奇館』へ移り住む。
 
 
1952(昭和27)年には文化勲章受章。

市川市との関係

荷風イラスト2
 1946(昭和21)年1月より市川市に移り住み、1959(昭和34)年4月30日に亡くなるまで、約13年間に渡り、市川に住む。
 この間、4回ほどその住まいを変えている。はじめは、菅野の大島一雄(杵屋五叟)方。1947(昭和22)22年1月に、菅野のフランス文学者・小西茂也方。1948(昭和23)23年12月、菅野1124番地[現在の東菅野2-9-11あたり]に18坪の家を購入し移転、最後は1957(昭和32)年に、終焉の地となった八幡4丁目1228番地[現在の八幡3-25-8あたり]に家を新築して転居。
 
 荷風の作品には、市川周辺の風物が描かれた作品がいくつかある。例えば「来訪者」「或夜」「羊羹」「畦道」「にぎり飯」「買出し」「葛飾土産」など。これらの作品は、『葛飾こよみ』(毎日新聞社 1956)として発刊された。また当時の生活を最もよく表しているのが「断腸亭日乗」という日記である。『葛飾こよみ』に収録された「荷風戦後日歴」第一・第二は、戦後混乱期の市川の様子を知る上でも、貴重な文献と言える。
 

没後50年−パブリック・ドメインに

 著作権法51条2項にあるように、著作物の権利は、著作者の死後50年を経過するまでの間、存続します。著作物が創作されてから、作者の生存期間およびその死後50年までは著作権の保護期間といいます。50年を過ぎると、著作権が消滅することとなり、その創作物は、パブリックドメイン(著作権が発生していない状態)に帰すこととなります。
 永井荷風の場合は、1959(昭和34)年4月30日に亡くなっていますので、著作権の保護期間が2010(平成22)年1月1日でなくなりました。今後は、荷風の作品も、インターネット上で読むことができたり、作品の複製や再配布等が自由にできるようになります。
 

荷風をめぐる人々

  →杵屋五叟 (1906〜1957) 邦楽家
  →正岡 容 (1904〜1958) 芸能研究家
  →小門勝二 (1913〜1977) 新聞記者、荷風研究家
  →相磯凌霜 (1893〜1983) 鉄工所重役
  →猪場 毅 (1908〜1957) 俳人
 
  →幸田露伴 (1867〜1947)、幸田文 (1904〜1990)
  →吉井 勇 (1886〜1960) 歌人
  →和田芳恵 (1906〜1977) 小説家
  →吉田機司 (1902〜1964) 医師・川柳作家
  →水木洋子 (1910〜2003) 脚本家
  →長谷章久 (1918〜1985) 文学研究家
  →安岡章太郎 (1920〜) 小説家
  →五木寛之 (1932〜) 小説家
 
  →森鴎外 (1862〜1922) 小説家、森於莵 (1890〜1967) 解剖学者
  →谷崎潤一郎 (1886〜1965) 小説家
  →久保田万太郎 (1889〜1963) 小説家・劇作家
  →堀口大學 (1892〜1981) 詩人
  →佐藤春夫 (1892〜1964) 詩人・小説家
  →花柳章太郎 (1894〜1965) 俳優
  →川端康成 (1899〜1972) 小説家
  →林芙美子 (1903〜1951) 小説家
  →ドナルド・キーン (1922〜) 日本文学研究家
  
荷風をめぐる人々4:荷風を訪れた編集者は語る
  →佐藤観次郎 (1901〜1970) ジャーナリスト
  →臼井吉見 (1905〜1987) 評論家
  →小田切進 (1924〜1992) 文芸評論家
  →半藤一利 (1930〜) ジャーナリスト

荷風研究家:小門勝二(1913〜1977)

中央図書館の正面ゲート左手のガラス展示ケースでは、小門勝二さんの私家版による著作を展示しています。 
  ※開催時期:2009年9月〜
展示概観(写真画像)
 東京生まれ。本名は小山勝治。日本新聞協会新聞学院卒業後、毎日新聞記者を経て著述生活に入り、永井荷風研究家・随筆家として知られている。
 『断腸亭日乗』によると彼の荷風訪問は、荷風の死までつづけられていたことが記されている。荷風が同書で「東日記者小山氏」と書いているのは、東京日日新聞の記者だったことによる。1959(昭和34)年5月3日の朝日新聞朝刊に荷風の葬儀の模様が記事になっており、葬列の写真に小門勝二氏の姿も写っている。
 
展示概観2(写真画像)
 小門勝二氏は、1957(昭和32)年以来、十数年にわたって永井荷風について書き続け、40冊ほどの本を、すべて少部数の私家版として出版した。これらは知人等に頒布されていたため、 古書店にもほとんど顔を出さないものが多い。市川市中央所蔵の『荷風散人傳 私家版』全5巻もそのひとつである。
 
※中央図書館では、古書店を通じてこれらの貴重な資料を収集し、保存及び利用者の貸出にも供しています。

「小門勝二」の著作を所蔵検索する(別ウィンドウで開きます)


市川・荷風忌

2009(平成21)年は、市川を終焉の地とした文豪・永井荷風の生誕130年・没後50年の年に当たります。この記念すべき節目に、市川市民が発起人となって「市川・荷風忌」を毎年開催しています。

第6回(2014)  市川・荷風忌
第5回(2013) 市川・荷風忌 
第3回(2011) 市川・荷風忌:荷風の短歌と俳句をしのぶ
第2回(2010) 市川・荷風忌:映画「夢の女」上映と葉山修平講演「荷風作品に見る女性像」
第1回(2009) 市川・荷風忌
   (以上、文化振興課の作成したページへのリンク)

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