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市川ゆかりの著作家 小暮青風

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更新日: 2018年12月5日

小暮 青風(1911-1996)

略歴

小暮青風(こぐれ せいふう)。書道家。
かな書を得意とし、万葉歌、芭蕉、良寛の情感を好み、その心を汲みとり、現代の息吹をふきこむ、叙情美あふれる書の多彩な表現で、わが国書壇の大家として活躍した。

小暮青風は1911(明治44)年群馬県太田市に生まれ、本名貞次。旧称渡辺松軒。号、青風・朴山人・尓比多山人。
群馬師範学校で国文漢文を学ぶ傍ら、書にも興味を持ち、書家の半田神来に教えを受ける。1937(昭和12)年に上京し、書家鈴木翠軒、大石隆子に師事した。1940(昭和15)年文部省教員検定試験習字科に合格。教師として勤務しながら書の研鑽を続けた。
戦後、市川市立図書館館長に就任。1951(昭和26)年ニューヨーク書展、1955(昭和30)年欧州巡回「日本の書・墨の芸術展」に出品した。1956(昭和31)年に図書館を退職し、書の道に専念すると、同年第1回個展を開き、青玄会(後に松声会と改名)を創立した。
1962(昭和37)年第5回日展で特選、苞竹賞となった作品は万葉歌「朝影とわが身はなりぬ玉かぎるほのかに見えて去にし子ゆえに」であった。1966(昭和41)年第9回日展菊華賞受賞。
1967(昭和42)年日展書道の部審査員、1968(昭和43)年日展会員、1982(昭和57)年日展評議員、のちに参与をつとめる。1976(昭和51)年千葉県教育功労賞、1989(平成元)年千葉県文化功労賞、1992(平成4)年勲四等瑞宝章受章。
詩人宗左近は小暮の書を「この墨の魚の遊泳する水槽は、じつに、はろばろと明るいのである。」と称している。
1996(平成8)年3月逝去。享年84歳。船橋学園東葉高等学校の門に掲げられた「東葉門」の書が絶筆となった。
また、書と共に短歌もたしなみ、「アララギ」に投稿。遺された短歌は夫人によって『いのちありて 小暮青風遺歌集』として発行された。


 

市川市との関係

1941(昭和16)年市川市の国府台女子学院講師を勤めるも、戦争中は郷里に疎開し、教鞭をとっていた。戦後再び上京し、1950(昭和25)年に市川小学校内に開館した市川市立図書館の初代館長に就任すると、市川真間に居を定める。1956(昭和31)年葛飾八幡宮境内に独立館としての図書館建設が決定すると、これを機に書に専念すべく退職し、同年市川市立公民館で第1回個展を開催。1972(昭和47)年市川美術会委員長就任、1982(昭和57)年市川市教育功労賞。

その書は市川市立図書館にも寄贈され、葛飾八幡宮境内にあった図書館の閲覧室に飾られた。また、当時の図書館報「まつかぜ」に掲載された文章からもその人柄を忍ぶことが出来る。

 

小暮青風の書 想夢


昭和50年に図書館に寄贈された「想夢」(日展で金賞受賞)が図書館2階に飾られている様子。
※この書については『いのちありて:小暮青風遺歌集』にもうたわれている。

小暮青風の書 不壊




 昭和30年代に図書館に寄贈された「不壊」

 





(『市川市の図書館 昭和編』市川市立図書館 2013) 



参考文献
 『市川ひと事典 第4版』市川ひと事典制作委員会/編(エピック 2004)
 『いのちありて:小暮青風遺歌集』小暮青風/著,小暮桂千/編([小暮桂千] 2004)
 『小暮青風書展:万葉真間の歌』小暮青風/書(市川市教育委員会 1989)
 『市川市の図書館 昭和編』市川市中央図書館/編集(市川市立図書館 2013)
 『小暮青風書作展』(上野松坂屋新館7階美術画廊図録 1975)


 

著作リスト


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