広報いちかわ7月4日号 特集2・トピックス

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更新日: 2015年7月4日

特集2:おかえり、山下清と仲間たち

 
 

[特集]目次

[特集2] おかえり、山下清と仲間たち

山下清(撮影:あん澤孝志) 貼り絵で有名な山下清(1922-1971)は、1934年12歳の時、市内の知的障害児施設八幡学園に預けられましたが、1940年に突然学園を逃げ出します。放浪しては学園に戻ることをくり返した清を、久保寺光久園長は、必ず「おかえり」と迎えました。全国で開催されてきた山下清と八幡学園の仲間たちの作品展が、彼らの故郷ともいえる市川市で初めて開催されています。

問い合わせ=TEL047-320-3334文学ミュージアム

▽放浪の画家
 山下清といえば、1940年から1956年にかけて各地を放浪したことで有名です。その特徴とも言えるのが「げたに浴衣姿」です。作品展会場では背広姿でしたが、暑がりの清は、やはりげたに浴衣姿が一番好きだったようです。(写真提供:松岡一衛)

[左]山下清・船上にて(撮影:あん澤孝志)/[右]浴衣姿で放浪する山下清

 

▽式場隆三郎とともに
 日本におけるゴッホ研究の第一人者であった式場隆三郎は、山下清の絵の素晴らしさを展覧会を通して多くの人に紹介した人物です。式場隆三郎は八幡学園の顧問医を務めており、清と一緒にヨーロッパ旅行にも行きました。(写真提供:松岡一衛)

大文字送り火焼きを待つ(京都賀茂川にて) 右:式場隆三郎 左:山下清

 

▽山下清とのふれあい
 放浪生活を終え、作品展で全国を巡った山下清は、各地でサイン会や学校訪問を行いました。子どもたちに真剣に向き合う清の姿が今回の作品展で紹介されます。(写真提供:松岡一衛)

[右]子ども記者に囲まれて:山下清(左手前) 三重県松阪市(1964年)
    [左上]特別支援学級生たちの描いた絵を一枚一枚丁寧に見る山下清(左) 山梨県甲府市内(1965年)
[左下]子どもたちにサインする山下清 横浜のデパート(1965年)

 

◆山下清とともに9年作品展に携わった松岡さんに聞く

松岡 一衛さん 清さんの「葉っぱの話」が私の中で最も印象深い思い出です。
 「木の葉っぱは春夏に生い茂って、秋になると枯れ、冬になると地面に落ちきってしまう。葉のついていない冬の木は、死んでしまっているように見えるが、落ちた葉っぱは木の肥やしになる。そして春には木にまた新しい葉っぱが出て生き返る。人間は一度死んでしまうと終わりだけど、木は何度も生き返る。」と清さんは式場隆三郎先生の訃報を受けた後、私に語ってくれました。
 この話の中で清さんは、「木はすごい、自然はすごい」ということを言いたかったのでしょう。話を聞いた私は、彼が「葉っぱが肥やしになる」という知識をどこで手に入れたのか不思議に思いました。しかし、ぼうっとすることが好きな清さんは、木を眺めているうちにその知識を得たのだと納得しました。清さんは現実を受け入れ、ものを良く見ている人でした。そして、人をハッとさせるような核心をついたことをよく言いましたね。
 清さんの絵の魅力は、類いまれなる美の再現力にあります。根気や努力ではすまされない才能が清さんにはあったのです。その才能を見いだし開花させたのが八幡学園でした。

企画展 山下清とその仲間たちの作品展《市川市初開催》

■「踏むな 育てよ 水そそげ」―才能を見出し、育む―

踏むな 育てよ 水そそげ 1928年、全国8番目の知的障害児施設として開園された「八幡学園」では、家庭的な集団生活を基本に、職員は家族として園児に接し、自己発現を求めていきました。学園の「踏むな 育てよ 水そそげ」の標語のもと育まれた園児たちは、障害があっても美の本能、造形美術的能力を制作活動でいかんなく発揮したのでした。戸川行男氏により紹介されて以来学園に保存されてきた園児たちの作品は、2003年からの再公開を経て、今回市川市で展示されることになりました。山下清とその同時期に学園にいた園児たちの作品を、この夏休みにみなさんでご鑑賞ください。(写真提供:松岡一衛)

◎戸川行男氏(早稲田大学心理学教室助手、後に名誉教授)は、1936年、八幡学園を訪れ園児の心の発達の研究をしました。2年後、氏はその成果を「特異児童作品展」として発表し、日本画壇の重鎮らの絶賛を受けるなど、多くの人びとの関心を呼びました。

[左]開園当時の八幡学園 聖愛寮(1929年)/[右]聖光寮と聖望寮(1930年)


■山下清の市川市を描いた作品も展示

 山下清は18歳から34歳までの約15年半の間、放浪しては学園に戻ることを繰り返しました。作品の制作は、旅先での印象を思い出しながら学園で行いました。清の放浪は一番長い時は3年にも及びました。清は旅先の風景だけでなく、学園のみんなと出かけた「八幡様のお祭り」「江戸川の花火」や、学園の窓から見た風景を描いた「晩秋」など市川の風景も作品に残しています。

日時=8月30日(日)まで
※7月20日以外の月曜日、7月21日(火)・31日(金)休館。平日午前10時〜午後7時30分(土・日曜日、祝日は午後6時まで、展示室入室は閉館時間の30分前まで)
会場=文学ミュージアム(月曜日休館)
費用=一般500円、65歳以上400円、大学生・高校生250円、中学生以下無料

山下清の市川市を描いた作品も展示


◆山下清とともに学んだ仲間たち

 個性豊かな3人の作品を紹介しています。写真提供:松岡一衛

▽クレパス画の異才 石川謙二 (1926-1952) 山下清の3年後に入園

石川謙二「おわかれ」 クレパス 1939年

 

▽原始芸術の風格 沼祐一 (1925-1943) 山下清の1年後に入園

沼祐 一「ひと」(赤い顔の少年) 貼り絵 1940年

 

▽絵画的天分の持ち主 野田重博 (1925-1945) 山下清の2年後に入園

野田重博「潮干狩」 クレパス 1938年

 

トピックス

市公式フェイスブック 市公式フェイスブックに掲載した市内の話題・出来事をお届けします。

法華経寺の龍王池にて[6月17日]

 梅雨の晴れ間にハスの花がもう咲いていました。「池見草(いけみぐさ)」とも呼ぶそうです。大きなつぼみがたくさん、首を長くしています。雨を待っているのでしょうか。

法華経寺の龍王池にて[6月17日]

引っ越しています[6月14日]

 庁舎建て替えに伴い執務室が移転しています。市川南仮設庁舎(市川市市川南2-9-12)が完成し、引越し作業が始まりました。この市川南仮設庁舎には、今後も7月6日(月)までに順次、水と緑の部、環境部、清掃部、道路交通部、街づくり部の一部といった事業者サービスを主とする部署が移転していきます。来庁の前には事前にご確認ください。
 仮庁舎の配置は、サービスの低下を招かないよう、関連のある窓口を同じ地域へ集約するよう考慮して行っています。みなさんのご理解とご協力をお願いします。

引っ越しています[6月14日]

今日の夕飯は行徳産のおいしいスズキ[6月12日]

 水揚げ量が少ないため普段はなかなか出回らない「市川産の魚」。旬のおいしい「行徳産スズキ」が、6月12日(金)限定で販売されました。
 新鮮なので刺身やカルパッチョでいただけますが、白身で独特の風味があるスズキは、厚めの切り身をムニエルやアクアパッツァ、オリーブオイルのソテーなどにするのもおいしいそうです。写真は東菅野の「魚幸」で撮らせていただきました。食べごろのおいしい魚は、ぷっくりした美人やキリっとしたと男前とのことで、顔つきですぐわかるそうです。

今日の夕飯は行徳産のおいしいスズキ[6月12日]

ツバメも子育て奮闘中[6月9日]

 都市化でツバメが減っていると聞きますが、大野駅前交番の軒下には、毎年この季節になるとツバメが子育てにやって来るそうです。
 愛らしいヒナやかいがいしい親鳥の様子はほほえましいですが、悩みの種は頭上からの落し物…。
 入口に貼られた注意書きは交番相談員さんの手づくりだそうで、地域をまるごと見守る温かいまなざしを感じますね。
 ヒナたちは産毛も黒く生え変わり、無事に巣立ちを迎えられそうです。

ツバメも子育て奮闘中[6月9日]


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(広報広聴課)

 

広報うらがわ

 みなさん、気候の変化で体調を崩していませんか。私は既に暑さに負けそうでぐったりしています。しかし、食欲だけは減退しないという人体の不思議。食い意地が張っていると言われそうですが、これは健康の証であるとは私の主張です。
 さて、今回私は初めての取材をしました。グループの先輩方にたくさん心配されながら、さながら初めてのお使いのごとくカメラを持って文学ミュージアムへ。ファインダー越しに素敵な瞬間を捕えようと必死になりましたが、なかなか上手くいかず、写真は同行してくれた先輩が撮ったものを使うことになり、もっと腕を磨かなければと決意した初取材でした。

 
 
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