更新日: 2011年8月23日
浦安市川市民病院は、大正2年3月に当時の浦安町と南行徳村(現市川市)が組合をつくり、現在地に伝染病隔離病舎を開設したのがはじまりです。 昭和24年5月に組合診療所を経て昭和26年6月に葛南病院として開院しました。
その後、行徳地区や浦安市の発展とともに、病院施設も増築・増床を重ね、平成9年に現在の「浦安市川市民病院」に名称を変え、両市の発展と共に地域医療を支えてきました。
しかし、増築による複雑な施設配置や耐震上の問題から建て替えが必要となり、また、周辺の医療機関の充実や医師不足から経営環境が悪化し、公立病院としての運営を続けることが極めて厳しくなり、平成20年2月に病院組合議会で「民設民営にすることを求める意見書」が採択されました。
両市はこれを受けて、現在地での医療継続などを条件に、平成20年7月に民間の後継法人を公募し、9月末に候補者の選定を行いました。浦安市川市民病院は、平成21年4月1日に後継法人である社団法人地域医療振興協会に移譲され、名称を「東京ベイ・浦安市川医療センター」に変え、これからも地域医療を支えていきます。
その後、行徳地区や浦安市の発展とともに、病院施設も増築・増床を重ね、平成9年に現在の「浦安市川市民病院」に名称を変え、両市の発展と共に地域医療を支えてきました。
しかし、増築による複雑な施設配置や耐震上の問題から建て替えが必要となり、また、周辺の医療機関の充実や医師不足から経営環境が悪化し、公立病院としての運営を続けることが極めて厳しくなり、平成20年2月に病院組合議会で「民設民営にすることを求める意見書」が採択されました。
両市はこれを受けて、現在地での医療継続などを条件に、平成20年7月に民間の後継法人を公募し、9月末に候補者の選定を行いました。浦安市川市民病院は、平成21年4月1日に後継法人である社団法人地域医療振興協会に移譲され、名称を「東京ベイ・浦安市川医療センター」に変え、これからも地域医療を支えていきます。
民営化の経緯
◆平成17年2月
病院の地域での位置付けと経営のあり方について、「浦安市川市民病院運営協議会」に諮問する。
◆平成18年4月
浦安市川市民病院運営協議会において答申される。
◆平成18年10月
「浦安市川市民病院再整備に係る検討委員会」設置
新病院の機能・規模及び運営形態について、基本方針の検討を行う。
新病院の機能・規模及び運営形態について、基本方針の検討を行う。
◆平成19年12月
「浦安市川市民病院再整備に係る検討委員会」において報告書が作成される。
○整備基本方針
浦安市及び市川市の医療環境において必要となる基本的な医療を、 (1)高齢化に対応した医療、(2)救急医療、(3)小児医療、(4)周産期医療 として、新病院において引き続き行う。
浦安市及び市川市の医療環境において必要となる基本的な医療を、 (1)高齢化に対応した医療、(2)救急医療、(3)小児医療、(4)周産期医療 として、新病院において引き続き行う。
◆平成20年2月
浦安市市川市病院組合の臨時議会で、議員発議により「浦安市市川市病院組合 浦安市川市民病院事業の運営形態を民設民営にすることを求める意見書」が採択される。
◆平成20年6月2日
◆平成20年7月7日〜18日
応募(第1次審査)受付
◆平成20年7月31日
第1次審査結果について公表
「浦安市川市民病院後継法人選定委員会」において、2法人を第2次審査対象者として選定される。
◆平成20年9月25日
浦安市川市民病院後継法人選定委員会 から後継法人選定評価結果が市川・浦安市長に報告される。
◆平成20年10月2日
後継法人候補者を「社団法人 地域医療振興協会」に決めたことを発表。
◆平成21年3月31日
浦安市市川市病院組合を解散し、浦安市川市民病院を閉院。
◆平成21年4月1日
「社団法人 地域医療振興協会」に経営移譲を行い、「東京ベイ・浦安市川医療センター」 として開院。
今までのお知らせ(広報いちかわ)
平成20年
4月19日 「市民病院を民営化 建て替えて現在地で存続」
10月11日 「市民病院の後継法人候補者が決定」
11月15日 「新病院に生まれ変わります」 (経営移譲後の診療体制・新病院の整備内容)
平成21年
関連リンク
●このページに掲載されている情報の発信元
市川市 保健スポーツ部 保健医療課
〒272-8501
千葉県市川市八幡1丁目1番1号
電話:047-334-1495・047-704-0254
市川市 保健スポーツ部 保健医療課
〒272-8501
千葉県市川市八幡1丁目1番1号
電話:047-334-1495・047-704-0254
このページについてのご要望は、意見・提案・相談の受付ページまで







