更新日: 2019年4月26日

市川市立鶴指小学校で「夢の教室」を開催しました。

(1月15日16日 富田 宇宙さん)
(1月15日 生方 繁さん)

概要

日時

平成30年1月15日(月)~1月16日(火)

場所

市川市立鶴指小学校

夢先生

富田 宇宙(とみた うちゅう)さん 【パラ水泳】
3歳から水泳を始めるものの、高校2年時より視力が低下し、卒業時には競技継続困難と判断。大学卒業後の2012年にキヤノンソフトウェアに入社と同時に、障がい者水泳を始めました。2015年に、身体障がい者水泳日本選手権大会の400m自由形、100mバタフライでアジア新記録を樹立し優勝。アメリカCan Am Openでは1500m自由形でアジア新記録を樹立して優勝を果たしました。そのほかに、ジャパンパラ水泳選手権大会、全国身体障がい者スポーツ大会でも優勝。2017年には日本体育大学大学院に入学し、パラリンピック出場を目指して取り組んでいます。

生方 繁(うぶかた しげる)さん 【サッカー】
高校卒業後、サッカー留学生制度を利用してイタリアへサッカー留学。帰国後の2001年にアルビレックス新潟に加入。2002年にザスパ草津に移籍、2004年シーズン終了後に引退しました。翌2005年には指導者に転向。ザスパ草津U-18コーチ、ザスパ草津U-15監督、ザスパクサツ群馬アカデミーダイレクター補佐などを歴任しました。現在は、J3・SC相模原のアカデミーコーチ、スポーツこころのプロジェクトスタッフとして活動しています。

内容

富田 宇宙さん 
 3歳から水泳を始めたが、この時は健康のため、楽しく水泳をやっていたそうです。小学生時代の夢は宇宙飛行士で勉強中心の生活を送り、高校は進学校に入学され、水泳部に入部するものの弱小だったそうです。その中でも九州大会に出場するという目標を立て、ひたすら努力している真っ最中に、目が見えにくくなり眼科へ行ったところ、網膜色素変性症という診断を受け、日常を奪われる悲しさや将来に不安を覚え、引きこもるようになってしまったそうです。そんな中心配してくれたのが部活の仲間だったといいます。みんなに事情を話して、もう一度目標に向かって努力し、3年生の時に九州大会に見事出場し、目標を果たすことができたそうです。この時、仲間と目標達成する嬉しさや喜びを感じたそうです。目が見えなくなる悲しみの中で、自分が一生懸命努力することにより、仲間が認めてくれて、支えてくれて、団結力が生まれることがわかり、目が見えなくなっていくことは、悪いことだけじゃないと思えたそうです。その後、大学では水泳ではなく、ダンス競技を始め、弱小だったダンス部で全日本選手権出場。大学卒業後は目指していたシステムエンジニアになり、障がい者水泳の存在を知り、初めて出場した大会で優勝。パラリンピックを目指す決意をし、プロに転向され、さらに現在は大学院に進学し、練習漬けの毎日を送り、2020年の東京パラリンピックを目指しています。

生方 繁さん
 小学生の卒業文集に将来の夢の欄に「サッカー選手になる」と書いていて、中学時代はお兄さんがコーチを行っていたクラブチームに入団し、プロのサッカー選手になるという夢を決めたそうです。しかし3年時に腰を怪我してしまい、全国大会にベンチ入りすらできず、練習をサボるようになってしまったといいます。高校時代は、練習の厳しいサッカー部で気持ちが後ろ向きになってしまい、高校3年間で公式戦の出場はなかったそうです。両親に大学受験を勧められ、受験するも失敗し、自分の道を見失ってしまったそうです。そんな時習い始めた英会話で「イタリアサッカー留学」を勧められ、即座に決定し、サッカーの本場イタリアへ2年間留学。帰国後4つのプロサッカーチームを受けるも合格できなかったが、お兄さんの友人の誘いで、上手くいけばプロの道につながる専門学校を勧められ、入学。諦めずに必死に頑張った結果、プロになることができたそうです。「チャレンジして失敗したことは決して無駄ではなく、次に繋がる。物事は自分の意志で決めて、行動して、諦めないで、納得できるまでやれば、結果はついてくる。」と教えてくださいました。
 

本市取り組み方針

この事業は、東京2020オリンピック・パラリンピック競技大会に関連する本市取り組みの目標・方針のうち「方針2 こども体験活動の充実」に位置づけられる事業です。

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