更新日: 2019年4月26日

市川市立第七中学校で「夢の教室」を開催しました。

湯田友美さん(1月24日、25日)
横田 陽介さん(1月25日)
藤岡 奈穂子さん(1月26日)
北原 亘さん(1月26日)

概要

日時

平成30年1月24日(水)~平成30年1月26日(金)

場所

市川市立第七中学校

夢先生

湯田 友美(ゆだ ともみ)さん 【陸上】
2004年のアジアジュニア陸上女子3000mで優勝。世界ジュニア陸上では同競技で銅メダル獲得。2007年の全国都道府県対抗女子駅伝競走大会の第2区で29人を抜き去り、女子駅伝の最多記録を樹立されました。2008年には京都府チームのメンバーとして同大会に出場し、チームの大会4連覇に貢献され、当時の大会記録を樹立されました。2010年に現役を引退され、現在は、ランニングクラブでコーチをしたり、大会のゲストランナーとして参加するなど幅広く活動されています。

横田 陽介(よこた ようすけ)さん 【フリースタイルフットボーラ―】
高校時代にフリースタイルフットボールと出会い、3年時にチーム「Ricky-Play」を結成。2006年9月にチーム脱退後、オランダで開催されたMasters of The Game in Amsterdamに出場し、8位の好成績を収め、2007年にはチーム「球舞」に加入。2008年にはRedbull StreetStyle Japan Finalで優勝。世界大会でも準優勝されました。2010年に「球舞」から独立し、現在は各イベントやメディアで活躍されています。

藤岡 奈穂子(ふじおか なおこ)さん 【ボクシング】
プロボクサー。2000年に全日本アマチュアボクシング選手権大会で新人王獲得。2004年にはアマチュア国際女子トーナメントで銀メダルを獲得。2009年にプロに転向し、2010年にOPBF東洋太平洋女子ミニフライ級王座、2011年にWBC女子世界ストロー級王座で初の世界タイトルを獲得。2度の防衛に成功後、WBCストロー級王座を返上し、スーパーフライ級に転級。2013年に WBA 女子世界スーパーフライ級王者、2015年にWBO女子世界バンタム級王座を獲得。日本ボクシングコミッション公認後初の女子世界王座 3 階級制覇を成し遂げられました。

北原 亘(きたはら わたる)さん 【フットサル】
高校卒業後にフットサルを始め、早稲田大学進学後は、サッカーとフットサルを並行して行い、卒業後に大洋薬品/BANFF(現 名古屋オーシャンズ)に加入。2007年の日本フットサルリーグ(Fリーグ)開幕から9連覇を達成。全日本フットサル選手権大会等各種国内大会やAFCフットサルクラブ選手権でも優勝。2008年には Fリーグ最優秀選手賞、ベスト 5 を受賞。また、フットサル日本代表でも長年にわたって活躍。AFC フットサル選手権連覇のほか、2008年と2012年のFIFAフットサルワールドカップに出場するなど活躍し、2016年3月に現役を引退されました。
 

内容

湯田 友美さん
中学生時代はバスケ部に所属しており、陸上部が無かったため、他の部からメンバーを寄せ集めて陸上大会(800m)に出場しており、苦しいことつらいことを乗り越えながら全国大会にも出場しました。全国大会に出場する他の選手たちとの実力差を感じ、本気の度合いが違うことに気づきました。高校に進学する際には、陸上も強く学力も高い文武両道の高校へ進学しました。必死に練習していくなかで、タイムが良くなっていき、以前は大会に出場するのが怖かったが、この時は上達していく中で、大会に出場するのが楽しくなっていました。しかし3年生の時、足を故障してしまい、大会にもでれず、目標を失い、ずっとモヤモヤしていましたが、「走りたい!本気でやりたい」と強く思うようになり、みんなより早く行って練習したり、駅伝交換ノートを作ってコミュニケーションを積極的にとっていきました。結果は、駅伝1区に選ばれで1位でタスキをつなぐも、全国大会出場は叶いませんでした。また、社会人になっても駅伝で日本一になるという夢は叶えられないまま引退されました。しかし、「走ることを仕事にしたい」、「日の丸をつける」という夢は叶えることができました。
最後に、「高校生最後の全国大会にはいけなかったが、仲間と一緒に本気でがんばってこれたから、今でも仲間でいられる」、「チャレンジできる時間は限られている。与えられた時間でどれだけチャレンジできるかが大事」と語って下さりました。

横田 陽介さん
小学3年生からサッカーを始め、中学生になると、サッカー以外のことは考えられないくらいサッカーに夢中になり、プロサッカー選手になるという夢を持たれました。高校は全国大会に出場する目標を掲げていたが、出場できずプロからのスカウトがなかったため、夢を断念されましたが、サッカー関係の仕事に就くという新たな夢を持たれました。そんな折、フリースタイルフットボールの動画を見つけ、少し練習してみたところ、技ができるようになり、はまっていったそうです。世界大会にも招待され、出場するものの結果は予選敗退。次は成績を残して、必ずプロになると夢を持ち、二度目の世界大会で見事準優勝され、フリースタイルフットボールのプロになられました。
最後に、「好きこそものの上手なれ。このことわざには深い意味があると思っている。好きなことは楽しい、楽しいと自然に努力して挑戦する、努力すると上達して成功する、上達するとさらに好きになる。このループの中で一生懸命やっていれば、もし今の夢が叶わなくても、次の夢が必ずできるよ!」と語ってくださいました。
 
藤岡 奈穂子さん
社会人になってからボクシングに出会い、10年間アマチュアボクシングをやってきました。定年(アマチュアボクシングの定年は35歳)が近づいていたころ、プロへのオファーあり、プロの道へ進みました。東日本大震災の影響でベルトをかけた試合がなくなり、実家(宮城)も被災しており、ボクシングを辞めようとも考えたが、地元の人たちから「今の楽しみには、藤岡さんの試合しかない」と言われ、「やるしかない!」と世界チャンピオンを目指すようになりました。5月に再戦となり、見事に世界チャンピオンになることができました。そして、複数階級制覇を目指すようになり、2017年12月に5階級制覇を成し遂げました!
最後に、「夢をみんなに言ってきたら叶った。無理という人もいるが、言っていると応援してくれる人もいる。プレッシャーもかかるが、死ぬわけじゃないんだし、言った方がいい。そして、挫折もあるだろうけど、次の夢を持った時に必ず生きる。生かすも殺すも自分次第、挫折があって乗り越えた分だけ糧となり、他の人も助けてあげられるようになる。夢に向かってがんばってほしい」とお話しして下さりました。

北原 亘さん
5歳のときに近所のお兄さんがやっているのを見てサッカーを始めました。小学3年生の時にプロサッカー選手になる夢を持ちましたが、大学進学後に、フットサルと出会い、どんどんフットサルに魅了されていきました。当時は、フットサルにプロはなかったため、就職をし社会人になりましたが、愛知から初のプロチームができる際に誘いを受けました。北原さんは、「とても悩んだが、友人や家族に相談し、アドバイスをもらい、自分でしっかり考えた」とお話し下さり、そして、プロフットサル選手への道を歩みだしました。
「夢は人生を豊かにするもの。全員が叶うものじゃないと思う。でも、それに向かって努力することが大事。そして、いろいろな人に支えられていることに感謝して、助け合いの精神を持ち、人の夢も助けてあげられる人になってほしい」と子どもたちにお話しして下さりました

本市取り組み方針

この事業は、東京オリンピック・パラリンピック競技大会に関連する本市の取り組みの目標・方針のうち「方針2こどもの体験活動の充実」に位置づけられる事業です。
 

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