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スマトラオランウータンの繁殖について(来園~はじめての交尾まで)

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更新日: 2018年10月23日

はじめに

 

当園では現在4頭のスマトラオランウータンが暮らしています。父親のイーバンと

母親のスーミーは、19926月姉妹都市であるインドネシアのメダン市より親善大使

として寄贈されました(当時4歳半)。

 

20039月には待望の第1子ウータン(オス)が、さらに20107月には第2子リリー(メス)

が生まれ、子育て上手なスーミーに守られすくすくと成長しています。

 

このレポートでは、若くして当園にやってきた2頭のオランウータンたちがどのような経過

をたどり交尾妊娠に至り無事出産と育児が行われたのか、その詳細について報告します。

 

 

来園、いきなりトラブル

 

199261日、幼いイーバンとスーミーは中央で仕切られたケージに入れられ、

はるばるインドネシアよりやってきました。事前に2頭は一緒に暮らしていると聞いて

いたため検疫用の寝室は1部屋のみ用意していました。

 

付き添いでやってきた獣医さんに2頭の同居をお願いすると彼は「OK!」と同居

始めました。すると、いきなり2頭は大ゲンカを始めてしまったのです。

 

ケンカといっても実際にはひとまわりも体の大きいスーミーが攻め立て、体調まで

崩し気味のイーバンは一方的にやられるばかりでした。

 

獣医さんは慌てて2頭の間に割って入り絡み合う2頭をひきはがすように分けました。

 

後々振り返るとこれがイーバンにとって大きなトラウマとなってしまったようでした。

来園した頃のイーバン
イーバンの画像
来園した頃のスーミー
スーミーの画像

同居の試み

 

それから1年後、イーバンはスーミーよりも大きな体に成長しました。あのときの影響

も大分薄れたのではと思い、1993年の年末から計5回に渡り同居を試みました。

 

彼らは一緒にするたび必ずもみくちゃになって絡み合います。オランウータンの足は

まるで手のように使えるためお互いに4本の手で相手に絡みつくような状態になります。

 

イーバンはこの時すでに力ではスーミーを上回っていました。しかし力づくで抑える

イーバンの手を、負ける気のないスーミーが力いっぱい噛みつくのです。

 

イーバンはしだいに劣勢になり最後は逃げ回ってしまいます。同居を重ねれば重ねるほど

その傾向は強くなっていきました。

 

決断

 

動物園で暮らす彼らに、私たちが一番望んでいること…それは2頭の間に子供が生まれ

未来に子孫を残してくれることです。

 

スマトラオランウータンは当時国内には17頭しか飼育されておらず2011年現在は14頭)

繁殖が最大の目標であることは疑いようもありませんでした。

 

ところが、このままではイーバンのスーミーに対する恐怖心はさらに増すばかりで、子供など

とても望めそうにありません。そのため私たちは、むやみな同居はせず2頭の立場が逆転

できると判断出来るまで、とにかく「待つ」ことにしたのです。

 

ところで、オスのイーバンがメスのスーミーを怖がる、これはとてもオランウータンらしくない

状況です。なぜならオランウータンのオスは、メスよりもはるかに大きな体を持ち腕力も

はるかにメスより勝っているからです。

 

にもかかわらずイーバンがスーミーを怖がる理由、それはどう見ても「気持ち」の問題です。

 

 

この状況を逆転させるために、わたしたちはいったい何をすればよいのでしょうか。

イーバン(1992年)
イーバンの画像
スーミー(1993年)
スーミーの画像

食事・環境・気持ち

 

イーバンがこの先、スーミーに対する恐怖心をなくしオスのオランウータンとしての機能を

果たし、ちゃんと子孫を残せるようになるために必要なこととはいったい何なのか?

 

少なくとも「時間」は必要でしょう。しかしだからといって時間だけが全てを解決してくれるとも

思えません。その間にイーバンの「気持ち」が育たなくてはならないのです。

 

気持ちを育てる?…これはもちろん最終的にはイーバン次第なのですが、私たちに出来る

として第1にはイーバンがオスのオランウータンとして“普通に”成長してゆくことが重要。

そのために食事・環境といった見える日常のケアーが適切で理にかなったものであるよう

努めました。

 

健康こそが最大の保障であり私たちに課せられた最難のテーマです。まずはその日一日が

順調に過ごせて、その積み重ねとして1年、また1年彼らがオランウータンとしてゆっくりと

大人になり自然と機が熟す日を待つことにしたのです。

 

気持ちを育てる

 

オランウータンは客観的に見てとても繊細な生き物です。彼らとの付き合いを続けていく

守らなければならない基本的な用件は数々あるとして、未来の配偶者に気後れしている

イーバンがその感情をいつか払拭してくれるよう意識しておこなってきた事もあります。

 

効果があったかどうか定かではありませんがそのいくつかを紹介します。

 

 1)エサの順番

 

彼らの食事に対する意識は並々ならぬ強いものがあります。朝と夕方をメインに日に数回

食事をオリ越しに渡しますが必ず順番はイーバンが最初で、次にスーミーという形を

取りました。

 

些細なことかもしれませんが「ここの主は君だ!」とイーバンにもスーミーにもさりげない

行為から伝わればとの配慮がありました。

 

 2)ロングコールの時に動かない

 

オスのオランウータンには「のど袋」と呼ばれる器官があり、大人になると、これを共鳴

させて非常に大きな声で吼えることが出来るようになります。これを「ロングコール」と

呼びますが、イーバンも気分が高揚するとよくロングコールをするようになりました。

 

ロングコールはオランウータンのオスにとっては強い自己主張であり“自分は確かに今

ここに存在している”というアピールでもあると感じました。その際私たちがなんの反応

もせず掃除など続けていたら、そのうち「なんか俺のロングコールってこんなもの?」と

思ってしまうのではと心配をしました。

 

そこで必ず作業を中断しピタッと止まるようにしたのです。ロングコールは長いもので数分

続きます。終わった後は彼に「やるね~、イーバン、かっこいいね~」といった声をかけた

こともありました。

 

 3)頼りになる

 

この頃のイーバンは来園者の中でも強そうな風貌の男性が歩いて来たりするとプイっと部屋

に入ってしまい全然出てこないという事がよくありました。人に対して仲間だと思っているの

わかりませんが相手の強弱を測っているのは確かなようでした。

 

一番近くにいる担当者がだれか別の人にへこへこしていては彼の不安はますます高まって

しまうでしょう。ですから、どんな状況でも彼が見ている前では堂々と構えて決してお辞儀

などしないよう気をつけていました。

 

イーバン(1993年)
イーバンの画像

変化のきざし

スーミーにロングコールするイーバンの画像

「待つ」という選択をしてからイーバンの行動に

変化のきざしを感じるまでにはとても長い

時間が経過していました。「これはそろそろ

いけるかもしれない」と感じたきっかけはイーバン

がスーミーに向かって「ロングコール」をしたこと

でした。

 

実は、これまでイーバンはロングコールをスーミー

が視界に入る所では出来ずにいたのです。

2000年頃より少しずつ変化が現れさらに

スーミーに対する性的関心も態度に出すように

なってきました。


8年ぶりの再同居

 

2002年の1月と2月、約8年ぶりの同居を行いました。

 

最初の同居では・・残念ながらスーミーの優位は相変わらずでした。しかしイーバンは怖くて

足が震えていたものの、倒されたり背を向けて逃げる事がありませんでした。これは以前

にはなかったことで、ギリギリのところで踏みとどまっているように見えました。

 
2月の同居でもメスは強気にどんどんと責め立てていきます。「このままではやはり無理かも
しれない・・」と思った私は、先輩からの助言もあり、ある作戦に打って出ました。本気で
スーミーに怒鳴ってみました。
しょげたスーミーを気遣うイーバンの画像

これまでの彼らとの付き合いで怒ったりした

事は1度もなかったので、始めのうち

スーミーはよくわかっていなかったようでした

が、23分と怒っているうちに気にし始め

最後には頭を抱えて放飼場でうずくまって

しまいました。それを見たイーバンは・・

心配するかのように、頭を抱えている

スーミーの顔に触れそうなくらいの至近

距離からのぞきこみだしたのです。

イーバンの性格がよくわかる1場面でも

ありました。


良いオスの資質(強さ、上手さ、やさしさ)

 

この日がきっかけで2頭の関係が微妙に変化したようでした。

 

9月から10月にかけてタイミングを見て同居を試みましたが、同居を行う度にイーバンの

行動に変化が生まれてきました。むやみに自分からスーミーの方へ行くことはせず、

向かって来たときにだけ反撃をするようになったのです。

 

それを受けてスーミーの方もイーバンに対して甘えた声を発するなどの変化が見られ

ました。見下していたイーバンをオスとして再認識したからかもしれません。

 

さらにイーバンは、同居を重ねるうちにスーミーに対して明らかにメスとして意識する行動

を取るようになっていきました。

 

スーミーも多少は受け入れる気持ちもあるようでしたが、それでも、怖さとも不信感とも

とれる感情からだと思うのですが、どうも身を任せる気にはなれないようでした。

 

ただ、この頃の2頭は非常に充実した良い顔つきをしていたことが強く印象にあります。

同居中の画像
同居中の画像
同居中の画像
同居中の画像

完全なる逆転

 

20021022日、イーバンがスーミーを精神的に※凌駕する瞬間がやってきました。

 

天候はくもり、それほどお客さんのいない平日の午後、2頭が絡み合っている所に

老人クラブの団体客がやってきた時のことでした。もともと昔からイーバンには、ある「クセ」

ありました。幼稚園や小学校の遠足で遊びにきた子供たちが独特のにぎやかさで

近づいてくると、気分が高揚するのか、きまって「ロングコール」をするのです。

 

子供たちではなかったのですがその老人の団体は非常ににぎやかな感じで近づいてきた

のでどうやらその声に反応したようでした。

 

イーバンが突然スーミーを目の前にして「ロングコール」を始めたのです。スーミーは反射的

に地面に大の字の形で仰向けになりました。

 

仰向けになったスーミーに対しイーバンはなんと!!・・・交尾を始めたのです。

 

わずか4歳半で日本に来て以来、交尾などまったくする機会もなかった彼がどうしてちゃんと

交尾ができるのかとても不思議でした。

 

                    ※凌駕(りょうが)…他をしのいでその上に出ること。