常設展示のご案内

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更新日: 2017年5月10日

ホール・環境の変化(プロローグ)

コククジラ
 過去10数万年の間でも、地形・水域・気候・植生などといった環境は、大きく変化しました。関東平野が海だった証拠の木下貝層、暖かな海だった証拠の沼サンゴ層、市川の市街地が海だった証拠のコククジラの化石など、現在とは異なる環境だったことを物語る資料が身の回りに存在します。

第1室・最初の住民(先土器時代)

第1室の石器
 房総には、約3〜1万年前の遺跡が300カ所以上もあり、今より寒い気候にもかかわらず、多くの人々が生活していました。彼らの道具は、主に打ち欠いてつくった石器です。そして生活の基本は、刺突用の石器を先端にとりつけた槍を用いた、中大型獣を対象とした狩猟にありました。

第2室・貝塚の形成(縄文時代)

 狩猟(弓)のほか漁撈活動を始めましたが、食の基本はナッツ類などの植物となりました。土器はその調理具です。恵まれた自然の中で定住性の強い生活が営まれました。海に接した市川は貝や魚などの海産物に恵まれ、約50カ所の貝塚が残されています。これは千葉県の約1/10、全国の1/30を占めています。

第3室・稲作文化の伝来(弥生時代)

 稲作がはじまり生活様式が少しずつ変わっていきました。市川市では下貝塚周辺に最初の稲作集落が、のちに真間周辺に環壕集落があらわれて栄えます。

第4室・古墳の出現(古墳時代)

 古墳時代になると、大和王権を中心とした同盟・連合関係がむすばれ、豪族の墓として大規模な古墳が各地でつくられました。市川では、6世紀に入って、法皇塚古墳、明戸古墳などの前方後円墳がつくられました。

第5室・律令の時代(奈良・平安時代)

 7世紀後半から8世紀初め、律令という法律をもとにした中央集権の国家が成立します。中央集権の国家は、全国を約60の国に分け、それぞれ中央から役人(国司)を派遣して、地方の政治を行いました。現在の千葉県は、安房・上総・下総の三国からなり、市川には、下総国の国府や国分寺がおかれ、下総国の政治・文化の中心となりました。
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