里見公園

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更新日: 2016年2月26日

里見公園は下総台地の西端、江戸川に面した台地上にあり、このあたりは国府台と呼ばれ、ここに下総国府が置かれ、下総国の政治や文化の中心でした。

その後、室町時代天文7(1538)10月、足利義明は里見義堯等を率いて国府台に陣をとり北条氏綱軍と戦いました。しかし北条軍が勝利をおさめ義明は戦死し、房総軍は敗退しました。

続いて永禄7(1564)年正月、里見義堯の子義弘は再度国府台城で北条軍と対戦しましたが、この合戦も北条軍の大勝で終わり、以降この土地は北条氏の支配するところとなりました。

江戸時代に徳川家康が関東を治めると国府台城は江戸俯瞰の地であることから廃城となりました。明治から終戦まで国府台は兵舎の立ち並ぶ軍隊の街として栄えました。

昭和34年、市川市はこの由緒ある古戦場を記念するために、一般の人々の憩いの場として里見公園を開設しました。

・ソメイヨシノ  :約240本、 ・サトザクラ     :約14本
 

・ソメイヨシノ  :約240本、 ・サトザクラ     :約14

・カワヅザクラ :    5本、 ・オオシマザクラ :   1

バラ園

平成15年度市制施行70周年の記念事業として、里見公園噴水広場にバラを植栽しました。また、この一角に、平成16年11月、ドイツ国ローゼンハイムとパートナーシティ締結記念に、同市からつるバラ「マリア・リサ」(一季咲き)が寄贈され、国際親善を深めていまいりました。

バラ園
 
主な品種

 ・ローズいちかわ(2008 日本)
 ・マリア・リサ(1936 フランス)
 ・ヘレン・トローベル(1951 アメリカ)
 ・ピース(1945 フランス)
 ・プリンセス・アイコ(2002 日本)
 ・スパニッシュビューティー(1927 スペイン)
 
                97種、806株
 
 
              いちかわ「バラ物語」についてはこちら ⇒ (公財)市川市花と緑のまちづくり財団

国府台城跡 【こうのだいじょうあと】

国府台城跡
 里見公園の地形をよく見ると、江戸川に向かってコの字型に二重の土塁が築かれていたことが推定できます。さらにこの土塁の外側を空堀が囲っていたことも、古文書などから知ることができます。これが世にいう国府台城の城跡です。この城は文明11(1479)年に太田道灌が築いたものと伝えられています。

紫烟草舎 【しえんそうじゃ】

紫烟草舎
「からたちの花」、「砂山」などの詩で親しまれている詩人北原白秋(明治18年〜昭和17)が大正5年の夏から約1年間、当時小岩にあったこの離れで優れた作品の創作を続け、白秋自身で紫烟草舎と名づけました。復元の地をここに求めたのは、小岩に移り住む前、白秋が真間の亀井院に住んでいたこと、小岩に移ってからも江戸川越しにこの台地を眺めたであろうこと、そして葛飾の野をこよなく愛していたことによります。

羅漢の井【らかんのい】

羅漢の井
 公園の南斜面下にあり、里見一族が布陣の際の飲用水として使用したと思われ、高台にあって水源が乏しいにもかかわらず一年中清水が湧いています。一説には弘法大師が巡錫の折に発見し、里人達に飲用水として勧めたと伝えられています。国府台は高台であるため飲用水を得るためには深い井戸を掘らねばならず多額の費用がかかりました。この伝説もここの住民にとって、いかに水が貴重なものであったかを物語っています。
 
  羅漢の井については、こちらもご覧ください。

里見群亡の碑 【さとみぐんぼうのひ】

里見群亡の碑
 永禄7(1564)年1月4日、里見義弘は8千の軍勢を率いて国府台に陣を構え、北条氏康軍約2万を迎え撃ちました。7日の戦いは里見側に有利でしたが、8日払暁、北条軍は寝込みを襲い一斉に攻撃したので里見軍は狼狽し、士気を失い敗退しました。この合戦で敗北した里見広次らをはじめとして討死する者5千名と伝えられます。その後、里見軍戦死者の亡霊を弔うものもなく、文正12(1829)年になってやっと里見諸士群亡塚、里見諸将群霊墓、里見広次公廟が建てられました。

明戸古墳石棺 【あけどこふんせっかん】

明戸古墳石棺
 市川市の文化財に指定されているこの2つの石棺は公園裏山内にあり、文明11(1479)年に太田道灌がここに城を築いたときに盛土が取り払われて露出したものと伝えられています。板のような緑泥片岩製の組み合わせ式箱型石棺で蓋石は見られませんが古墳時代後期(6世紀後半〜7世紀初頭)この地方に勢力をふるっていた豪族の墓と推定されます。この地方に箱型石棺があるのは極めて珍しいといわれています。

夜泣き石 【よなきいし】

夜泣き石
 里見群亡の碑に隣接してあります。永禄7(1564)年に里見・北条の合戦で戦死した里見広次には12〜13歳になる美しい姫がいましたが、父の霊を弔うため、はるばる遠い安房の国から国府台を訪ねてきました。姫は身も心も疲れ果て、そばにあった石にもたれ弱いかすかな声で父の名を呼びながら幾日か泣き続け、とうとう息が絶えてしまいました。以来、この石から夜になると悲しい声が聞こえてきたという伝説を秘めた石です。

概要

○所在地  市川市国府台3-9 案内図(PDF形式)
 
○開設面積 8.4ha
 
○交通    JR市川駅または京成国府台駅から、
        「松戸駅行き」または「松戸営業所行き」バス
        ⇒「国立病院」下車 徒歩5分
○駐車場  公園斜面下、江戸川沿いにあり
        約40台、無料
        年末年始は利用不可 
        利用時間:午前8時〜午後5時
 
○トイレ   あり
 
○問合せ  園内管理事務所
        TEL 047-372-0062
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●このページに掲載されている情報の問い合わせ
市川市 水と緑の部 公園緑地課 (施設管理・整備グループ)
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