更新日: 2019年4月26日

市川市立第三中学校で「夢の教室」を開催しました

加藤 大志(かとう だいし)さん(7月4日)
高嶌 遥(たかしま はるか)さん(7月4日)
加藤 ゆか(かとう ゆか)さん(7月5日)
清水 利生(しみず としき)さん(7月6日)

概要

日時

平成30年7月4日(水)~平成30年7月6日(金)

場所

市川市立第三中学校

夢先生

加藤 大志(かとう だいし)さん 【サッカー】
元Jリーガー。幼少期にサッカーを始め、中学生時に全国中学校サッカー大会に出場。桐光学園高校を経て、2002年に湘南ベルマーレに加入しました。1年目から公式戦27試合に出場するなど活躍。U-20(20歳以下)日本代表、U-22日本代表に選出されました。2005年に京都パープルサンガ(現 京都サンガF.C.)に移籍。同シーズンにJ2優勝を果たし、J1昇格に貢献しました。2009年には横浜FCに加入し、同シーズン終了後に現役を引退。

高嶌 遥(たかしま はるか)さん 【アイスホッケー】
元アイスホッケー選手。小学2年時にアイスホッケーを始め、中学・高校時代は岩倉ぺリグリンに所属。2004年の全日本女子アイスホッケー選手権大会で優勝。大学進学後はSEIBUプリンセスラビッツでプレー。2008年から全日本女子アイスホッケー選手権大会3連覇を達成しました。2010年にはスイス女子アイスホッケートップリーグのZSC Lionsでプレーし、リーグ戦とカップ戦で優勝を果たしました。翌2011年には、ドイツブンデスリーガ1部のOSC Eisladies Berlinに移籍し、2シーズンにわたって活躍。また、高校1年時に日本代表に初選出され、2004年に開催されたオリンピック最終予選にチーム最年少として出場。以降IIHF世界選手権やユニバーシアード競技大会、オリンピック予選など国際大会で活躍しました。

加藤 ゆか(かとう ゆか)さん 【競泳】
元競泳選手。乳幼児の頃から水泳を始め、小学生時にジュニアオリンピックで優勝。中学時代には全国中学校水泳競技大会で3位、高校時代にはインターハイで4位入賞を果たしました。山梨学院大学進学後、2006年に日本選手権水泳競技大会女子50mバタフライ優勝、アジア競技大会女子50mバタフライで銅メダルを獲得しました。2007年のユニバーシアードでは、女子400mメドレーリレーで金メダル、女子50mバタフライで銀メダルを獲得。2008年には北京オリンピックに出場しました。大学卒業後は東京スイミングセンターに所属。北島康介らを育てた平井伯昌コーチの指導を受け、日本新記録樹立や日本選手権優勝など活躍。2012年には2大会連続となるロンドンオリンピック出場を果たし、女子400mメドレーリレーで銅メダルを獲得しました。2013年に現役を引退。

清水 利生(しみず としき)さん 【フットサル】
元フットサル選手。高校生までサッカーに取り組み、19歳でフットサルを始めました。2006年にファイルフォックス(現 ファイルフォックス府中)に加入し、同年の関東フットサルリーグで優勝。2009年にフウガ東京(現 フウガドールすみだ)に移籍すると、関東フットサルリーグで2度、フットサル地域チャンピオンズリーグで3度の優勝を果たしました。2012年にFリーグのデウソン神戸に移籍し、2014年に引退。

内容

加藤 大志さん
小学4年時にサッカーのJリーグが開幕したのをきっかけにプロサッカー選手になる夢を持たれました。中学2年時に指導者が転勤で不在になる困難を仲間たちと一緒に乗り越え、中学3年時見事に全国大会出場し、優秀選手賞も獲得されました。高校生になり自分の下手さに衝撃を受けたが、足が速いことを生かし、スタメンを獲得。卒業後、プロサッカー選手になられました。しかし、夢がプロサッカー選手になることだったため、夢を叶えた後、嬉しい気持ちの半面、どうしようという気持ちがあったそうです。夢を持つことは大事だが、なるべく大きな夢を持ってとのこと。
「大事なことは、諦めずに現状を変えていくこと。世の中には変えられることと変えられないことがあって、変えられないことばかりに目を向けないで、変えられることを変えていって。」と熱く語ってくださいました。

高嶌 遥さん
中学1年時にアイスホッケーの社会人クラブチームに入り、どうしたらレギュラーで活躍できるか考え、中学の男子の部活に混ざって毎日練習をしていました。中学3年時の大きな大会でMVPを受賞し、これからも頑張っていく励みになったとのことです。高校2年時のトリノオリンピックの最終予選であと一歩のところで出場を逃し、非常に悔しい思いをされました。その後のバンクーバーオリンピックの最終予選も負けて、ここで辞めたら今まで頑張ってきた時間が無駄になってしまうと考え、国内でできることはすべてやったので、スイスとドイツでプレーし、ソチオリンピックを目指していましたが、ソチオリンピックの前年に引退されました。日本代表がソチオリンピック出場が決まり、大学時代のご縁でオリンピックの解説をすることができたそうです。そのような経験を経て、「仲間や先生、友人との出会いを大切にして、今ある目標や夢を叶えられるように目指してほしい!」と語ってくださいました。

加藤 ゆかさん
物心つく前から水泳をはじめており、小学2年生の頃には、選手クラスになり、小学6年生の時には、全国大会優勝を果たしました。このことをきっかけけに、オリンピック出場という夢ができました。記録が伸びず悩む時もありましたが、母の言葉に救われ、また夢に向かって進めました。そして、大学4年生のときに念願のオリンピック出場を果たすも、”出場”という夢を叶えてしまい、目標を失い、結果は散々、そこで、「オリンピックでメダル獲得」という新しい夢を持ちました。伸び悩むこともありましたが、仲間の支えや夢があるからこそ厳しい練習も乗り越えることができ、ロンドンオリンピックにて、ついにメダルを獲得することができました。最後に「自分の意見はどんどん言ってほしい。自分も言わなくて後悔したことがある。言ってプラスになるかどうかはわからないが、マイナスになることはない。苦しい時期があっても、家族や仲間が助けてくれる、1人で解決が難しくても周りが助けてくれる」とお話しして下さりました。

清水 利生さん
小学3年生のときにテレビでJリーグの開幕を知り、サッカー選手になりたいという夢を持ちました。高校2年生まで順調に進んでいましたが、高校2年生からレギュラーからはずされ、監督の見る目がないと思っていました。高校卒業までこの状態が続き、卒業と同時にサッカーも辞め、半年間何もすることなく過ごしていました。そんな時高校時代の仲間に誘われ、フットサルと出会い、もう一度本気でやってみようと思い、フットサル選手になる夢を持ちまいた。しかし、なかなか成果をだせず、試合を見にきてくれていた高校時代の監督から「自分の失敗から逃げるな」と言われ、自分のうまくいっていないことを全て他人のせいにし、見て見ぬふりをしていたことに気付かされました。そこから、気持ちを切り替え、困難は何度もありましたが、26歳の時に夢を叶えることができました。「失敗から学んで、次に活かす、失敗はステップアップのタイミングになるから目をそらさず成長を求めてほしい」と語られました。

本市取り組み方針

この事業は、東京オリンピック・パラリンピック競技大会に関連する本市の取り組みの目標・方針のうち「方針2こどもの体験活動の充実」に位置づけられる事業です。

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