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水木洋子市民サポーターの会14年度の記録

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更新日: 2017年1月17日

水木洋子市民サポーター活動の記録1

水木洋子市民サポーター活動の記録1
平成13年1月から活動を始めた水木洋子市民サポーターの半年にわたる活動の記録と、サポーターの熱い思いをつづった文集を作成し、平成13年8月のイベントに配布しました。2001年8月発行
市川市企画政策部文化課 水木洋子市民サポーター 
A4 20ページ 無料頒布(残部僅少 送料160円)
平成15年3月19日 調布市立中央図書館武者小路実篤記念館世田谷文学館視察(17名)
平成15年3月18、20日 書庫で図書・雑誌・シナリオ・写真整理(延べ42名)
平成15年2月4、20、21日 書庫で図書・雑誌・シナリオ・写真整理(43名)
平成15年2月19日 市川歴史博物館にて資料整理研修(19名)
平成15年1月17日 水木洋子資産活用検討会(サポーターと庁内関係部署職員)(20名)
平成15年1月15、16、25日 書庫で図書・雑誌・シナリオ・写真整理(延べ42名)
平成14年12月18日〜20日 書庫で図書・雑誌・シナリオ・写真整理(延べ53名)
平成14年11月27日 森栄晃氏取材(2名)
平成14年11月22日 書庫雑誌目録作成、写真整理(19名)
平成14年11月21日 第3期希望者を交え、合同説明会(19名)
平成14年11月20日 前期活動反省会と今後の方針検討(17名)
平成14年11月19日 小田原市立文学館白秋童謡館、箱根町立郷土資料館視察(11名)
平成14年11月 着物資料整理 書庫雑誌目録作成 帽子資料写真撮影(延べ42名)
平成14年10月 八幡街回遊展準備ならびに撤去(延べ28名)
平成14年10月5日 中原ひとみトークショー(25名)
平成14年10月3日〜6日 八幡街回遊展水木邸公開(延べ71名 ほかに市川三中生ボランティア)
平成14年9月 水木洋子の世界展撤去(延べ14名)
 八幡街回遊展準備(延べ65名)
平成14年8月25日 水木邸公開(14名 ほかに学生ボランティア6名)
 終了後の交流会に高橋エミ氏特別参加 お話をうかがう
平成14年8月24日 純愛物語映画鑑賞会(21名 ほかに学生ボランティア4名)
 『水木洋子市民サポーター活動の記録2』発行
平成14年8月23日 水木邸公開(17名 ほかに学生ボランティア5名)
平成14年8月 水木洋子の世界展準備(延べ45名)
 水木洋子の世界展開催(延べ52名)
平成14年7月 水木洋子の世界展準備(延べ50名)
平成14年6月 書庫雑誌目録作成
 映像資料の購入整備検討
 水木洋子の世界展準備(延べ27名)
平成14年6月19日 水木洋子を語る会 地元の知り合いの方を招いて(23名)
平成14年6月8日 市川よみうりに水木洋子市民サポーターの会運営委員長取材記事掲載
平成14年6月1日 市川よみうりに水木洋子市民サポーターの会取材記事掲載
平成14年5月 書庫雑誌目録作成
 映像資料の購入整備検討(30名)
平成14年5月15日 水木洋子市民サポーターの会設立総会(23名)
平成14年4月 全体資料整理 書庫雑誌目録作成
 会組織検討会(延べ54名)

内容抄録

水木洋子さんの業績を活かした文化芸術都市いちかわをめざして 文化課長 能村研三
市川市では、「この貴重な資産を市民の文化芸術活動の拡充に役立て、市川市の貴重な文化財産として活用する」ことを基本的な考えとし、贈与されるまでの間、土地及び建物は無償で貸与してもらい、シナリオ原稿などの整理作業及び保管場所として活用すること、シナリオ原稿などの分類整理及び曝書などの作業を委託すること、利用計画を策定することなどを確認しました。……平成12年度は、これを具体化するものとして、8月に「ひめゆりの塔」の映画鑑賞会、水木邸の特別公開、市民サポーターの募集を行い、平成13年1月から水木邸の改修工事、サポーターによる資料整理などが本格的にスタートしたのでした。この間、登録いただいたサポーターは、20名を超えます。今市川市では、真の「芸術文化都市」を目指して、中山文化村などの文化活動施設の整備、市民と協働による文化振興事業などを精力的に進めています。この水木洋子市民サポーターの活動も、こうした市川の文化振興を方向づける重要な取り組みです。
水木洋子書誌を作りたい 石井敏子
「あら、水木先生、お元気ですか」といった母に「いま、いこいの家に行ってきたの、あなたも外に出なきゃだめよ」と笑顔で応えられたのは、1990年ごろでした。杖をついていた母をつれて買い物に行く途中、八方橋の近くだったと思います。水木先生はお友達とご一緒で和服を召されていたのを憶えています。その後、母が骨折して入院した市川病院でやはり入院されていた先生にお目に掛かりましたが、毎日お邸の前を通りながら、植木屋さんが入ったり、古い家具が運びだされたりする度に、どうしていらっしゃるかと気にしておりました。……市立図書館の書庫で先生の資料に接し、その仕分け作業などをしていると、その資料の膨大さ、なんでもキチンと残される先生の綿密さ、その時代の息吹が伝わってくる資料の面白さにまさに至福の時を過ごさせていただきました。……これからは年譜、著作目録(雑誌・新聞記事を含む)を作っていくしごと、新聞記事等をCD−ROM等に保存すると同時に活字にして配布するなどの仕事が残っていると思います。また私達の『水木洋子伝』など作れたら面白いのではないでしょうか。
戦争と私から始って 大隅裕子
「キクとイサム」を多感な中学生の時、映画教室で観た。感激して、夜寝つけなかった。その後観た「ひめゆりの塔」でも言い知れぬショックを覚えた。脚本家水木洋子の作品のすべてが戦争ものとは限らないが、水木作品を市川市の貴重な財産として活用していく事業をサポートすることも、20年来のテーマの探し続けている旅の途上の一つに資するものと、思い参加して一年になる。シナリオ協会も入手を希望した数々の自筆原稿は勿論のこと他の膨大な量の資料の全容を把握し、市民の方々にどの様に公開していくか、はこれからの課題であるとともに、楽しみでもある。
「水木さんの全仕事」を記録・展示する資料館の夢 加藤馨
はるか昔、私が学生のころ、砧の東宝撮影所で偶然すれ違った女性シナリオライターの先がけの颯爽とした姿が、とてもまぶしく輝いて見えたのを覚えています。……ポリ袋にギッシリ詰め込まれた水木さんあての手紙類を整理して、文壇・映画・演劇・テレビ界と、その交際の広さ、量の多さ、几帳面さにも感心しました。目に止まった葉書に4行。……消印は昭和35年3月22日、演劇界で「天皇」と奉られた北条秀司氏が「キクとイサム」で芸術選奨文部大臣賞を受けられた水木さんに送られたものでしょう。思わず引き込まれ、ちょっと興奮した瞬間でした。エッセイも数多い。間口が広く奥も深い「水木洋子の全仕事」を出来ることならリストアップしておきたい。残された資料をキチンと整理・保存し、映像を含めて市民に公開したい。それには水木邸の一角なり生涯学習センターなりに資料館がほしい。
「水木洋子市民サポーター」に参加して 蔵本妙子
3月、4月、図書館三階で、残りの書籍、各雑誌類、各地新聞の分類整理をときに意見交換や相談をしながら、コツを得はじめて作業時間も瞬く内に過ぎる。中程で十分程の休憩に入りますが水木さん関連のお話しや、当時の市川の街の様子など飛び出して休憩時間はすぐに経ってしまうが、仲間意識も生れ始めて行く。5月16,17,18日、家屋手入れ終了した水木邸へと作業拠点が移る。同邸での作業予定等説明を受け、清掃と資料整理に入る。5/20、有志で着物の風通しを試みる。桐ダンス四棹にぎっしりで、とても時間がかかりそう。普段着等は生活資料としてどこまで保管するか?など夢も広がりはじめる。
佐々木正枝
今回の資料整理では、私は新聞、雑誌の整理を担当した。なにしろ膨大な資料数のため、大きく分類した後は、水木さんの記事を抜き出していくという作業のみに専念しないと事が運ばなかった。読みたいが見るだけ、その中に脳裏にインプットされた2点を紹介する。それは昭和40年後半の記事のなかで、水木さんが地球温暖化問題、環境汚染問題を論じ、また母上の遺産分割を親戚の娘さんとの話に中で語り、母が死ぬと言うことに娘とした大きなショックをうけていることを書いていられる。……21世紀に入った今日、国は男女共同参画社会の実現を目指し、自立した女性が増えている。しかし少子・高齢社会としての問題点がいろいろと噴き出し、高齢女性の今後の生き方は多難である。水木さんのじっと見詰める眼差しは、なにをおっしゃりたいのだろうか? 聞きたい!の思いしきりの私である。
水木洋子資料整理サポーターとして 佐藤悦子
6月からは、水木邸の整理をするようになり、私は台所の手伝いをすることになりました。女性3人と、高いところに手が届く男性1人が台所の整理でした。鍋の多いこと!今ではあまり見られない値打ちのありそうな食器類と大きなヤカン、もろもろ。水木先生が使った生活品なんだなぁと思うと感無量でした。なんだか嬉しくなってみんなで陽気に楽しく手伝うことができました。水木先生は本当に物を大切にする方なんだと気がつきました。なんでも大切にしていたなかで、三段重箱を包んだ大正12年の新聞が出てきて驚きました。今ではその新聞社さえもないと思います。そのときに包んだまま、そっと何十年もその場所に置いていたのですね。
水木洋子さんの魅力 高橋三郎
水木邸で資料に触れながら、改めて私の青春時代を思い出させてもらった。今、市川市は貴重な文化財を保管することになった。水木邸整理の仕事に携わって、私はすばらしい資料に魅了されている。と同時に、これらを眠らせることなく活用すべきだとの思いを強くした。今回の催しを1人でも多くの市民に伝え、映画「キクとイサム」上映と水木邸特別公開を成功させることが大切であろう。当時の思い出に胸を熱くしている年配の方はもちろんのこと、ぜひ若者たちに呼びかけて、多数参加してもらいたい。
水木洋子氏資料整理に参加して 長崎宏樹
水木邸は閑静な住宅街の只中にありますが、付近の道は曲がりくねっていて場所が判りにくいですね。初めてでないのにすぐ近くまで行って迷ってしまいました。一般公開の暁には道標が十分整備される必要があるなと感じました。……データベース構築について、約30枚の手書きカードデータをパソコンに入力してみただけですが、カードへの記入やパソコンの入力には幾つかの約束事を決める必要がありそうです。
水木洋子市民サポーター 畑 賀津子
後半は台所の整理をしましたが、生活の場として、永年の歴史を感じました。古い膳などは、きちんと箱にしまわれたまま、原稿を待っていた出版社の方々が使われてたであろうガラス食器の多さ・・・でも、年を経て片付けもままならずなった様子から女の行き様についても大いに考えさせられました。作品からというより、むしろ生活の場から、自分で勝手に膨らました先生の人間像を、いろんな雑誌新聞に書かれた折々の随筆の中でつなげていけたらと思っています。
心楽しい時間を、ありがとう 星野亘良
水木さんが八幡に転居されてきてからは、八幡の古本屋(八幡神社の参道の一本市川寄りの通り、加藤接骨院のとなりにあった)に、出版されたばかりの映画関係の本(水木先生へと著者から贈られたのがそのまま出されていた)が並ぶようになり、おおいに勉強させてもらいました。さて、1月から始まった中央図書館書庫での図書を中心にした分類・整理の作業に関わってみて、水木さんの「書いたもの」の多さと幅のひろさにびっくりしました。太平洋戦争中の若い頃から晩年まで、戦争・平和・人生・家族・差別・女性の諸問題・宗教からオカルトまで、実に多くのことに関心を持ち、映画・テレビのシナリオ、小説、右から左までのあらゆる出版物への寄稿などなど、この全体の著作物とメモ・手紙類の整理から、どんな「水木洋子像」が浮かび上がってくるのか、期待も大きいし、またこわいような気もします。
「シナリオ作家・水木洋子の世界」に触れて(生活資料編) 中能淳子(文化課)
目が慣れてくるとそこからは水木さんが永年愛着を持って暮らして来た形跡がそのまま感じられた。……書斎にある本棚や数々の名作を生みだした机をはじめ、ひとつひとつの道具や家は、水木さんから話しを聞くように私たちに雄弁に語りかけてきた。「このままの姿で残したい。そして、水木さんの生活していた空気をここを訪れた方にも感じてもらいたい。」それは今しかできないことだと私は思った。検討を重ねた結果、内部の改修工事も大幅な手直しはせず、現状の傷みを修繕するのみとなった。引っ越しの準備をしながら整理の行き届いた品々を見て、母子二人の暮らしぶりが目に見えるようだった。
市民と行政が協働で作り上げていくことの大切さ 根岸英之(文化課)
水木邸も、一人の文学者のすまいであるとともに、八幡の30年代の暮らしを伝える資料館としても機能させることが出来れば、ラーメン博物館などに匹敵する(!?)ユニークな文化スポットになるとひそかに考えている。また、水木さんの場合は、建物の整備が進んでも、あの図書館の書庫に眠る箱や水木邸に遺された生活資料の整理がなされなければ意味がないと思われた。そこで、併行して、資料の整理も立ち上げることにした。ここでは、市川の行政の基本的スタンスである「市民との協働」を意識して、市民サポーターの皆さんの力を借りることにした。その場合でも、単に労働力の補完になるのではなく、参加する市民の方の生きがいやスキルアップにつながるようなあり方を模索したつもりである。
水木洋子氏に関する経緯
水木洋子市民サポーターの活動の歩み
参考資料:水木洋子氏資産に関する活用方針ほか
資料:『朝日新聞(千葉版)』2001年4月3日号「往年の人気シナリオ作家・水木洋子さん 蔵書・原稿などを市川市に寄付/公募市民ら整理中 日々の発見に興奮」抜刷
資料:『市川よみうり』2001年2月10日号 吉井道郎「昭和の市川史断片143 水木洋子 空襲逃れ市川に定住 シナリオ作家への第一歩」抜刷
水木洋子資料展 主な出展目録
ホットアート2001 シナリオ作家/水木洋子の世界 ちらし

 

水木洋子市民サポーターの歩み

 平成12年8月に「ひめゆりの塔」の映画鑑賞会、水木邸の特別公開を行い、同時に市民サポーターを募集しました。登録いただいたサポーターは20名を超え、平成13年1月から水木邸の改修工事、サポーターによる資料整理が本格的にスタートしました。平成13年8月には第2期の募集を行ない、50名近くのサポーターが参加しました。
 
 平成14年5月に、「水木洋子市民サポーターの会」が設立され、新たなステップに入りました。「水木洋子氏の資料ならびに旧宅は、水木氏がお亡くなりになった段階で、市川市に寄贈されることになっています。それまでは、文化課が管理を任されていますが、行政だけでなく、広く市民のサポートを得ながら、これらの活用を図っていきたいと考えています。今後、資料整理を進め、旧宅の活用などについてもお力をいただく組織「水木洋子市民サポーターの会」を立ち上げたいと思います。」
(平成13年1月 サポーターへのお願い文書より)
平成14年5月15日 水木洋子市民サポーターの会設立総会(23名)
平成14年4月 全体資料整理 書庫雑誌目録作成
 会組織検討会(延べ54名)
平成14年3月 会組織検討会
 純愛物語事前鑑賞
 書斎目録確認作業(延べ39名)
平成14年3月13日 文学館見学(23名)
 林芙美子記念館・東京都近代文学館・日本近代文学館
平成14年2月25日 NHK「首都圏ニュース 町探検」で活動放映
 15日 取材対応(5名)
平成14年2月 班別資料整理
A 雑誌『シナリオ』の目録作成
B 未整理段ボール整理
C 書斎書籍の目録作成終了 パソコン入力 
D トロフィー・帽子類目録作成
(延べ49名)
平成14年1月 班別資料整理
A 雑誌『シナリオ』の目録作成
B 未整理段ボール整理、戦前旅行かばん整理
CD 書斎書籍の目録作成 記載チェック パソコン入力
(延べ49名)
平成13年12月 班別資料整理、活動報告会、懇親会
調査報告 松本圭子「水木洋子の日本女子大学校・文化学院時代」
根岸英之「京橋時代と疎開先の水木洋子」
平成13年11月 班別資料整理
A 雑誌『シナリオ』の目録作成
B はがきのファイリング
AB 映画シナリオの年代別棚入れ テレビ関係シナリオの年代別棚入れ
C 書斎書籍の目録作成 
D 次の間和服の目録・番号布付け、和服虫干し(延べ50名)
(次の間 着物164着 帯95本 その他小物)
平成13年10月19日 水木洋子氏自宅訪問立ち会い(21名)
平成13年10月 班別資料整理
A班 雑誌『シナリオ』の目録作成
B班 はがきのファイリング(映画・演劇・放送・文壇・その他)
C班 書斎書籍の目録作成
D班 次の間 和服の目録作成 和服虫干し(延べ55名)
平成13年9月 合同説明会(今回新たに募集したサポーターも加わる)
班別作業(A班 雑誌目録の模擬作業と目録検討
B班 はがきの分類整理(映画・演劇・放送・文壇・その他)
C班 書斎書籍の目録作成 ベッド部分終了
D班 次の間 和服の目録作成)(延べ51名)
平成13年9月4日 資料展撤去(4名)
平成13年8月26日 水木邸公開(13名)
平成13年8月25日 キクとイサム映画鑑賞会(12名)
平成13年8月24日 水木邸公開(11名)
『水木洋子市民サポーター活動の記録1』発行
平成13年8月17日 水木展設営(8名)
平成13年7月 水木展資料確認、水木邸、公開準備(延べ27名)
平成13年6月 水木邸、次の間・台所・玄関を中心とする開封
水木邸、書斎の本の台帳目録作成
水木邸全体の整頓、庭の草取り(延べ29名)
(水木邸書斎図書 約750冊)
平成13年5月25日 後見人と市長を囲む会(水木邸)(17名)
平成13年5月 水木邸の清掃、書斎・台所・次の間・広縁・座敷を中心とする生活資料の開封
着物の風通し(延べ44名)
平成13年4月 図書の清掃と冊数確認.シナリオの分類、新聞の分類(延べ26名)
(新聞 約450部)
平成13年4月3日 朝日新聞千葉版に活動の取材記事掲載

平成13年3月 雑誌・図書の清掃と冊数確認、書簡の整理(延べ21名)
(書庫搬入図書 約1400冊  同雑誌 約1150冊)
平成13年2月 雑誌をタイトル・ジャンルに分類、掲載誌のチェック
図書の分類チェック、書簡の整理(延べ18名)
平成13年1月 市民サポーターへお願い文書送付
資料整理事前説明会、中央図書館搬入図書・雑誌の大分類(延べ39名)
平成12年8月 生涯学習センターで「脚本家「水木洋子」の世界」展を開催
同時に市民サポーターをアンケートで募る
●このページに掲載されている情報の問い合わせ
市川市文学ミュージアム
(市川市 文化スポーツ部 文化施設課)
〒272-0015
市川市生涯学習センター(メディアパーク市川)2階
電話:047-320-3334 FAX:047-320-3356