更新日: 2024年4月19日

市川市のあゆみ 第3回 昭和31年11月1日号

市川市市制施行90周年を記念して、市川市の歴史を広報いちかわで振り返る全32回の連載企画です!第3回の今回は、昭和31年11月1日号の中から選りすぐりの記事をお届けします。

市川市のあゆみ 読み方のご案内

  • 紙面から市職員が選んだ、発行当時の様子がわかる興味深い記事を2つ掲載します。
  • 古くて読み取れない場合もあるため、2つの記事にはそれぞれ職員が書き起こした文章を掲載します。
    • 古い文章については平易な文章に直している場合があります。直し方が正しくない場合もあるかと思いますが、読みやすさを優先させていただきますのでご了承ください。
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南行徳自己紹介(2) 宮内庁新浜猟場

紙面の切り抜き_新浜猟場1

紙面の切り抜き_新浜猟場2

去る十月一日をもつて市川市に合併した南行徳町の一隅に通称御猟場とか「鴨場」とか呼ばれている処が現在の宮内庁新浜猟場で、先づその起源を考えてみると今から約七十二年前、明治十六年に宮内省が千葉県下江戸川筋御猟場を設け、地域は相当広範囲にわたつていたものの如くで、文化都市市川市もその一部であつたし、又勇士たちの夢の跡と化した習志野の地も含まれており、古老の話を回想すれば雉猟に宮様、陸、海の星將が出猟せられたとも聞く。

その後十年を経て現在の処(南行徳町湊)に宮内省が鴨場を設けてこれを宮内省新浜猟場と称して、皇室の交際の機関として発足した以後種々の経緯を経て御猟場は縮小されて戦前にはその範囲は葛南三町を陸地の御猟場とし、谷津海岸の附近より浦安海岸まで弧を画いた線をもつて海面の御猟場とし、海陸に跨つて御猟場を形成しておつたのが御猟場と呼称する最後の地域であつた。

昭和二十五年狩猟法の改正によつて御猟場は法的に根拠を失うこととなりそのうちに鴨場のみが取り残されることとなつた、そこが御猟場となつた、当時猟場内でどんな狩猟がどんな方法で行われていたかは後稿にして御猟場地域内での狩猟の特異性に耳を傾けると。

宮内省伝来の狩猟の方法は獣類を除いては鳥類の大小を問わず、網を使つて捕獲するというのが、その特異的方法で、仮に雁のように一貫匁近くもあるものでも、適当な場所で網を使用して捕獲したもので、これはその一例に過ぎないか、海陸に御猟場を設けた以所は狩猟は陸岸においてのみ行うが、鳥類によっては海辺にのみ棲息するものも少くない(鴨類、雁、鴫、千鳥等)。従つて、これ等の棲息状態を観察して適時適処で網を用いて狩猟をするので、海面は鳥類の群集する場所であり又一面御猟場であることから乱獲を防止することにもなり、保護をしておつたともいえ、一方鴨場に関しては鴨猟の必須条件である、音響の防止の一役も買うことで当場のような立地条件のもとに出来た猟場としては当然の処置であつて海陸に設けられたことが判然すると思う。

次に鴨猟に当たつて特に見逃すことの出来ないもののうちに囮鶩がある、当場では囮として使用するために囮鶩というが普通の鶩と変わりはない、九月下旬に至つてこれを約三百余羽程元溜に放飼して引堀を順次に出入することを調教する、この調教が仲々困難な仕事で鴨猟は囮鶩が主役をつとめるといつても差し支えなく、従つて調教の成果が狩猟に影響を及すということにもなる。

この辺りで捕獲の方法に移るのだがそれに先立つて鴨猟の結論を述べ、然る後に捕獲の方法論に移ることとする。

これを切り詰めて平易に言うならば、囮鶩を使い同時に野鳥の鴨にも餌を与えて囮鶩と鴨とを同時に調教して引堀に誘導捕獲をする。これが宮内庁における鴨猟の方法と考えればよい。

さて、捕獲の方法だが第一に銃に代る物として差手といつて三角形の竹の枠に網を取付けた物で魚などを獲る際に使う玉網の大型の物と考えれば大差はない。鴨猟は十人の猟者が一度に且同時に猟をすることが銃猟と異る点で鴨猟の特異性と言える。

先づ猟者が小覗の前に左右二列に差手を持つて待機する鷹匠が多少餌を撒きながら囮を一番の堀に引き入れる、相当数の鶩であるから撒いた餌を寸時に喰い切ると、次二番の引堀に廻つて行く、すると入替りに馴れ(調教された)た鶩が引堀に入つて来る、それを小覗鏡板から鷹匠が観ておつて機を窺つて待機の猟者を引堀の両側に誘導する、鷹匠は機を逸せず引起網の網を引いて網を起すと不意打に驚いた鴨は引堀から逃昇る、各猟者は差手を充分に活用して差手の内に鴨を捕獲するのが鴨猟の方法で、同様にして順次猟を執行する。

この猟は何時如何なる場合にでも風下で執行することが原則で、その理由はといえば、仮に風上の堀を使用して猟を行う際は人の気配を彼等に感知されて折角引堀に入つた鴨も元溜に逃げ帰つてしまうという結果になる、鴨以外の狩猟にしても目的物に向かつて風下から近付くことが狩猟者の常識でもあるように鴨猟も同様に風下から猟することが原則となっている。

鴨猟については不備ながらその設備捕獲方法について述べたので、次に現在行われている鴨場外での唯一の猟である千鳥猟についてその大略を述べることとする。

先づこの猟の起源はさしおいて、その目的をいうならば、古技保存を目的としている、然も千鳥猟は五月から九月までの間、狩猟期間外に当場周辺の海辺で千鳥の(この猟を古来宮内庁に於ては千鳥猟と称している、その大部分は学術的に分類すれば千鳥科に属する旅鳥である)渡りの時季にその習性を利用して猟するもので、従つて期間中捕獲場所及び種類も異つている、以上の如く狩猟期間外に行う狩猟であるから、前期の目的のもとに農林大臣の許可を必要とする、又古技保存とは千鳥猟の方法であるが、網(無双網)を使い囮を使い、その他に千鳥笛と称して笛を併用して目的を達成する、その笛を吹く方法が古技であり、無形文化財ともいえるもので、竹製の一寸程の薬指と小指程の太さの二本の小さい笛によつて、数十種(この種類は百余種もある)の千鳥の鳴声を各種各様に吹奏して目的を達成するのが特技で、何人も良くするところでなく、古くから宮内庁において千鳥猟を行つて来たことから千鳥笛の技術者がおりこの猟法の保存を目的として特に戦後諸種の狩猟が困難となつて来た現在唯一の狩猟として現存している。

千鳥類も戦後環境の変化とか、その他の状況からこの周辺に渡るものが減少した感があるために一網打尽的捕獲は望むことは出来ないが、捕獲されたものは主として学術研究の資料に供している。

少々話題が前後したようだが新浜猟場(鴨場)の使命について最後に触れて標題の結びとする。

宮内庁が管理するこのような施設は当場のほか埼玉猟場と称して埼玉県越谷町の一隅に同様な猟場があり、双方の猟場を使つて宮内庁が皇室の行う内外の交際を行う処となつており捕獲した鴨もその折に使用され、又御陪食等にも使用されている(筆者は猟場長足立辰雄氏)。

担当職員より

昭和31年10月1日に市川市が南行徳町と合併したことに伴い、新たに編入された地域の紹介として宮内庁新浜猟場(鴨場)が取り上げられていました。

実は以前、新浜鴨場を見学させていただく機会があり、そのとき初めてこの鴨猟の方法を知りました。元溜(もとだまり)と呼ばれる大きな池にはアヒルや鴨が大勢おり、宮内庁の職員の方が木の板を打ち鳴らすと、引堀へそのアヒルと鴨が入ってきて、水路の柵を引き起こすと一斉に鴨だけが飛び立ちました。鴨猟を行う際は、その鴨を手持ちの網で捕えるのだそうです。(捕獲した鴨は標識調査を行ったうえで、すべて放鳥しています。)

鴨場内を見渡すと、市街地の風景とは別世界で、元溜のまわりは整備された竹林に囲まれ、とても美しい景観となっていました。現在に至るまで、宮内庁の職員の方々が丁寧に時間と手間をかけて維持されてきた鴨場の歴史と伝統を肌で感じたひと時でした。

さて、宮内庁や本市では、公開の取り組みとして鴨場見学会を開催しております。宮内庁の鴨場見学会等について詳しくは宮内庁ホームページをご覧ください。市の鴨場見学会につきましては、広報紙でお知らせを予定しております。

ネズミを取るキメテ これからがシーズン

紙面の切り抜き_ねずみ1

紙面の切り抜き_ねずみ2

ネズミは生活の敵である

台所のお米や野菜、うつかりおいたパンやバターをかじつたり、大事にしている衣類を喰いやぶり家財をかじつて巣を作り果ては電線をかじつて火事を起す原因をつくることもあり、病菌をまきちらすと云つた、大変悪いことばかりするネズミはハエやカと同じく私達にとつては生活の敵でありますから、社会全体が力を協せて何んとか退治をしていく必要があるものです、大げさに云えば、人間の次に地球に住むものはネズミであろうと云う説がある程で、その数は少なく見積もつても世界中には人口の二倍は現在住んでいると云われております。

食糧の損害一、〇〇〇億円

一般家庭に多い損害として野ネズミで田畑山林を荒らすことも目に見えない損害であり、加えて米麦を荒される農家の損害は想像以上に大きく、出入の比較的自由な農家等には気の付かない損害もかなりあり、その現われは農村地帯に比較的多くのネズミが見られることです、数字的には六五〇万石以上といわれ、輸入食糧に匹敵する量ですから、考えようによつてはネズミのために外国から食糧を買つているようなものです。

ネズミの苦手は食糧封鎖

このようにネズミによる損害の主なものは食糧ですから一般家庭としましてはこの食糧を彼等に与えないように厳密な管理をすることです、これをしなくてはいくら薬や器械使つても余り役に立ちません、この食糧を絶たれますと彼等は一番苦手で三日も食べないとほとんど死んでしまいます。し然しここに忘れてはならないものの一つに食糧ではありませんが、ゴミ箱があります、細かくは流し場の残飯類もその一つであり、これらの始末が不完全だと、完全な食糧管理だと云えないわけです、所が日本家屋では構造からも又食糧のことでも、そこまで考えられていませんから、ネズミ族にとつては天国にいるようなものです、それとネズミに対する一般家庭にしろ農家にしろ、彼等が「がたがた」暴れる時はあわてて薬や器械を使いますが、この暴れる時期はネズミの発情期なので食物には目もくれませんから、容易にとれません。そうするうち静かになつて、食物をあさる頃は、あきらめてしまうのが一般の考え方で、目先のことだけでネズミとりをしなくなりますから彼等にとつては益々住みよくなります。

これからがネズミとりのシーズン

ネズミは暑さ寒さ危険さを感じると、すぐに巣を移動する動物で、夏は縁の下のような風とおしのよい所、この頃のように寒さを感じるようになると天井の隅、壁と下見板の間、押入の隅等に巣を作ります、これはイエネズミといわれるエジプトネズミ、クマネズミで、ドブネズミは家の近くの土の中に又ハタネズミは土手やあぜの暖い乾燥した所に穴を掘つてその中に巣を作つています、然し巣は実に巧妙で、人間の盲点を上手く突いていて、徹底的な掃除でもしない限り見つかりません、勿論食物、水にも便利な点は考えられています、そして寒い季節は余り外へ出ず、家の中でこそこそと人間の油断を見すませては食物をあさります、そこで特にイヘネズミの場合この時期は比較的器械にしても薬にしても効果をあげやすいわけです。

ネズミとりの器械や薬の選び方

一般によく使われている金網式にしろバネ式にしてもはつきり見せては効果が少いようです、例えばバネ式は餌の部分だけ、穴をあけた紙を器械にかぶせておくと云うような方法で工夫することです、器械の利点はネズミのとれたのが、はつきりわかることですが、効果は工夫次第です、薬は種類が多くどれも一利一害ですが、なんと云つても食べやすいものであることが先決ですから、餌は何が好きか、始めに毒を入れないで試してから定めることです、主なものとしては、サツマ藷南京豆、サツマ揚、油揚等です。

薬はイエネズミの場合猛毒では、ネズミ以外の危険があつては失敗すると大変ですから、その点を考えて、よく薬を選んだ方が無難です、要は餌を主に考えて食べさせる方法をとれば、どの薬でも効果があるはずです。

ネズミ取り器をおく所は

主としてバネ式の場合、穴が見つけられるものは穴から五〇糎はなした所に壁と醤油樽のようなもので器械を挟んでおき、ネズミが器械を廻つてにげないようにするのです。そうするとネズミは一度たちどまり餌を見つける率が多くなります、朝見てかかつていない場合も必ず一度取除き、夜遅く餌を替えて置きます、その地下に出入口を刻んだ箱の中に器械を仕掛けておくことも一つの方法であります。

毒餌をおく時の注意は

毒餌をおく時はその場所平常のままにしておくことです、狭い棚に毒餌を置く場合には中央におかず、壁につけておくことです、狭い棚に毒餌を置く場合には中央におかず、壁につけておくことです、ネズミは餌をとるまでには、その周囲を幾度か歩き廻つて様子を見てから食べるものですから、餌の周囲を少しでも広く取つておくことが大切です。

毒餌を入れて食べなくなつたら次週は毒を入れないものを食べさせ、次の週は毒餌をたべさせるというによう一週間毎位に交互に行うとよいようです。

協力体制でネズミ退治を

前に申し上げましたようにネズミの巣は気の付きにくいところに作りますから、少くとも年一回や二回は大掃除の時にネズミの巣を取除き、住めないようにすることで、その間にネズミ退治を時期を見て反復してゆけばよいわけです、然しこれも一軒や二軒だけがやつたのでは効果は一時的に終わるだけですから一町内とは云わなくとも十軒か二十軒が集団的に実行すればネズミは勿論のこと、ハエや蚊の問題にもすすんでゆけることでしよう。

三人よれば文殊の知恵とか、どうか「ネズミを退治しよう」と云う皆様のお話合をとりまとめて衛生課にご相談下さい、皆様と共々生活の敵ネズミ退治にご援助いたします。

なお十月下旬より市衛生班が随時各地区の器械による、ネズミとりに巡回して実地にご指導いたしますからご協力をお願いいたします。又薬品によるネズミとりは一月頃実施を予定しております。

衛生課

担当職員より

当時のネズミに関する記事を紹介させていただきました。市を挙げてネズミ退治に力を入れているところからも、今より被害が深刻だったことが伺えました。

昭和31年11月1日号の全紙面

昭和31年11月1日号(PDF)をご覧ください。

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