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1919(大正8)~2003(平成15)
〔1947(昭和22)~2003(平成15) 市川市中山在住〕

漫画(まんが)家、力士を経て、新聞記者となった小島は、戦後、民放開局とともに放送作家として活躍。
正岡容(まさおかいるる)(1906~1977)の門下として、演芸や相撲(すもう)などの評論・研究も行 う一方、笑文芸(しょうぶんげい)の振興にも力を注ぎ、『朝日新聞』千葉版の「千葉笑い」の選者を、初回(1985・昭和60)から倒れるまで続けました。
関心の分野はとても広く、著作は160冊以上に及びます。
市民寄席(よせ)などを通して、演芸や相撲などの伝統文化を分かりやすく伝え、市民にも親しまれました。
自宅に近い中山文化村・清華園(せいかえん)での落語解説が、最後の仕事となりました。
2004(平成16)、市川市民名誉市民として顕彰され、称号が贈られました。
小島貞二『大相撲裏面史』1980 千人社
小島貞二『こんな落語家がいた』2003 うなぎ書房
小島貞二『千葉笑い』1988 恒文社
JRの下総中山駅で下り、法華経寺まで約1キロの参道が一直線にのびている。ところがまん中の「黒門」から駅側が船橋市、寺側が市川市。ややこ市まぎらわ市。
・・・戦後のひところ、この市境の街頭でデンスケ賭博(とばく)が行われていた。市川側からお巡(まわ)りが来ると、証拠品をポンと蹴(け)って船橋側へ。その逆もあるのを、しばしば見た。
小島貞二「わたしのフンドシ人生」2005(平成17