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1917(大正6)~1986(昭和61)
〔1955(昭和30) 市川市国府台在住〕

鹿児島県奄美で知り合った妻ミホと江戸川区小岩で暮らすうち、妻が心因性発作(しんいんせいほっさ)をわずらい、1955年(昭和30)、佐倉の印旛沼近くに転居、ついで5月ころから国立国府台病院に入院させ、島尾も付き添って共に病院生活を送りました。
10月過ぎに、一家で妻の郷里の奄美大島に移住するまで、島尾は、精神病棟の中で、世間と隔絶して暮らすことになり、この体験が、『われ深きふちより』(1955・昭和30)、『死の棘』(1960・昭和35)を始めとする、一連の「病妻もの」といわれる自伝的小説にまとめられていきました。
その間、安岡章太郎(やすおかしょうたろう)(1920~)らが、訪ねてきました。
島尾敏雄『われ深きふちより』1955 河出書房
島尾敏雄『日を繋げて』1976 中央公論社
島尾敏雄『死の棘』1977 新潮社
島尾敏雄『島尾敏雄による島尾敏雄』 1981 青銅社
島尾敏雄『島尾敏雄全集 第八巻』1982 晶文社
饗庭孝男『島尾敏雄研究』1976 冬樹社
まるで都会の中心から草深い郊外にたどりついたようで、取りこわしを待つ廃屋をやっと持ちこたえさせているようすのその病舎は、もと陸軍の兵舎だった細長いひと棟で、年々装いを新たにしていく総合病院のさい果ての場所に、あきらめて横たわったすがたに見えた。
島尾敏雄「日を繋(か)けて」1967(昭和42)