飼育研究レポート

オランウータン本来の行動を引き出すための試みと考察

オランウータン本来の行動を引き出すための試みと考察

取り組み

自然界でのオランウータンの行動様式や、彼ら自身の形態的特徴を参考に、森の構造を機能的に再現しつつ、現状にあわせたアレンジも交え「運動具」を設置した。

さらに検証と改良を重ねることで飼育下オランウータンのQOL向上(注:1)及び展示効果向上に役立てることを目指しています。

注1:QOL向上

QUALITY OF LIFEの略。生活の質の向上を意味する。
彼らの体型は、長い年月をかけて彼らの棲む森に適応する形で獲得したものです。その体型に見合った行動が飼育下でも再現できることは、体への良化のみならず心理的にも良い影響があるはずとの考えに基づいています。

自然界→読み解き 分解・変換(単純化・幾何学科)→三次元化・複雑化 再構築を現したイラスト

野生オランウータンの行動様式

  1. 垂直登り/下り(26%)

    垂直登りのイラスト

  2. ツリーウェイ(22%)

    ツリーウェイのイラスト

  3. 三、四足歩行(18%)

    三、四足歩行のイラスト

  4. ブラキエーション(13%)
  5. 二足歩行(7%)
  6. Sway(7%) 注:2

    Swayのイラスト

  7. 体を水平にしてぶら下がる移動(3%)

    ぶら下がる移動のイラスト

  8. ブリッジ(2%)

    ブリッジのイラスト

Thorpe SK, Crompton RH (2006) Orangutan positional behavior and the nature of arboreal locomotion in Hominoidea. Am J Phys Anthropol 131:384-401p392のTable7参照

情報提供:久世濃子さん(京都大学大学院理学研究科)

注2:Sway
支持体をゆすって移動(木ゆすり)

考察

昨年7月に設置したポールとロープによる運動具は生活の一部となっています。
今年の9月にマレーシアのダナンバレーを訪ねた際、この運動具は彼らの棲む森林の「内部構造」にあたることを改めて確認出来ました。

前述のデータ中、この運動具で表現出来ている行動様式は

1.垂直登り/下り、2.ツリーウェイ

です。
今後、立体化(3次元化)と複雑化を推進することで、Swayのような「高度な移動」も再現できるかもしれません。

ダナンバレーの森の写真1
ダナンバレーの写真
ダナンバレーの森の写真2
ダナンバレーの写真

スーミーの写真1

スーミーの写真2
スーミーのツリーウェイ

オランウータンの運動を特徴付けるものは「足使い」であると考えました。

通常オランウータンの代表的な行動様式といえば「ブラキエーション」が思い浮かびます。
たしかに他の大型類人猿と比較すれば顕著であるのは事実です。

しかし、論文データによれば「ブラキエーション」の頻度は全行動のうち、わずか13%に過ぎず、むしろ他の全ての行動様式は四肢を巧みに使用することで成り立ちます。

これは「手が足みたい」という彼らならではの特性で、これをうまく引き出すことが、オランウータン本来の行動を引き出すことにもつながり、この点からも「樹上空間の機能的再現」は有効な手段といえます。

今回の着目点

幹とツルでは表現できない部分、三、四足歩行に着目しました。
枝葉の空間は複雑なため、簡単に結論づけることは避けるべきですが、「枝渡り」行動を行うための受け軸のポイントは…

  1. 3次元、空中
  2. 支持体(枝)は横と縦
  3. 可動性と固定性

と、とらえました。これらをふまえて新たな運動具は生まれました。

消防ホースを利用した新しいアイデア

消防ホースの利点と欠点

利点

  • 丈夫で壊しにくい
  • 天候によって伸び縮みしない
  • 弾力がある
  • 軽い
  • 熱を持たない(金属と比べて)
  • 廃物利用なのでもらえる

欠点

  • つかみづらい(きしめんのような形)
  • 景観に難がある

欠点を克服し利点を活かすには

ひねる

消防ホースの写真1
もともとはこんな感じ
消防ホースの写真2
 
消防ホースの写真3
 
消防ホースの写真4
ひねってみると…
消防ホースの写真5
 
消防ホースの写真6
 
消防ホースの写真7
きれいなヒモ状!
放飼場の写真1
幹とツル

オランウータンの目線で見ると…

放飼場の写真2

放飼場の写真3

試みのイメージ
3次元空間(360°の移動)可動性

試みのイメージのイラスト

ウータンの写真

評価

今のところ、固定性と縦方向の要素が抜け落ちていますが、これは年度内に整備を予定しています。

この運動具は自然界の再現としては不十分ではあるものの「遊び」の要素がアレンジされていることで飼育下ならではの「行動の動機」の不足を補っています。

そのため、利用度において、昨年の運動具をはるかに凌駕しているのが現状です。
しかし「遊び」は性質上「飽き」も予測されるため対策が求められます。

スーミーの写真1
スーミーの写真2

「遊び」の種類

「ブランコ」のようにゆらして楽しみます。
そのため「胴体を水平にしてぶら下がる」姿勢が目立ちます。もう一つは可動性を楽しむ行動が見られます。

イーバンの写真1
イーバンの写真2

スーミーたちの写真

母子は水平にV字になった部分に四肢でつかまり、
浮遊感を楽しんでいます。

これからの展望

この取り組みは、始まったばかりです。

私たちは生息地そのものを与えることは出来ませんが、いずれはそれを「要素」に置き換えた、飼育下ならではの「熱帯雨林」を彼らに味わってもらいたいと願っています。

大切なのは「動物に負担をかけない」ことと「共有できる方法論」であるという前提です。
目的の達成には今後も多方面からの賛同と協力が不可欠です。

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