本文
市川市東山魁夷記念館は、20世紀の日本を代表する日本画家、東山魁夷が生涯の大半を過ごしたゆかりの地である市川市に、2005(平成17)年11月に開館しました。
東山魁夷は、戦後まもない1945(昭和20)年から1999(平成11)年に逝去するまでの、およそ半世紀にわたり市川市に住み、市川市で重ねられたその輝かしい画業は市川市の誇りです。
つねに自分をみつめ、修行僧のようなその生き方は、描いた静謐な絵の中に投影されています。
市川市東山魁夷記念館は、「人間・東山魁夷」をコンセプトに、資料展示と作品展示を通してその偉大な業績を顕彰し、情報を発信していきます。
1908(明治41)年 東山浩介・くにの次男として、横浜で生まれる(本名 新吉)。
1911(明治44)年 父の仕事の関係で、神戸西出町に転居。
1921(大正10)年 兵庫県立第二神戸中学校(現兵庫高等学校)に入学。
1926(大正15)年 東京美術学校(現東京芸術大学)日本画科に入学。
1929(昭和4)年 第10回帝展に≪山国の秋≫を初出品。初入選。
1931(昭和6)年 東京美術学校を卒業。
1933(昭和8)年 東京美術学校研究科を修了。
ドイツへ留学。(~1935)
1940(昭和15)年 日本画家川崎小虎の長女すみと結婚。
1945(昭和20)年 応召し、東部第83部隊(現千葉県柏市)に入隊。
熊本で終戦を迎える。
市川市高石神の松丸宅に仮寓して制作を再開。
1946(昭和21)年 市川市鬼越で味噌醸造業を営む中村家の工場の事務所2階で間借り生活を始める。
1947(昭和22)年 第3回日展に≪残照≫を出品。特選・政府買い上げとなる。
1950(昭和25)年 第6回日展に≪道≫を出品。
1953(昭和28)年 市川市中山1丁目に美術学校で同窓であった建築家吉村順三設計による新居を建てる。
1956(昭和31)年 前年の第11回日展出品作≪光昏≫で第12回日本芸術院賞を受賞。
1960(昭和35)年 東宮御所(現赤坂御所)に、壁画≪日月四季図≫を制作。
1962(昭和37)年 北欧へ写生旅行。
1965(昭和40)年 日本芸術院会員に任命される。
1968(昭和43)年 皇居新宮殿の大壁画≪朝明けの潮≫を制作。
1969(昭和44)年 ドイツへ取材旅行。
文化勲章を受章。文化功労者として顕彰される。
1974(昭和49)年 日展理事長に就任。
1975(昭和50)年 唐招提寺御影堂第1期障壁画を制作。
1976(昭和51)年 この年より1978年にかけて、3回にわたって中国を歴訪。
1980(昭和55)年 唐招提寺御影堂第2期障壁画を制作。
1981(昭和56)年 唐招提寺に鑑真和上像厨子絵≪瑞光≫を奉納。
1985(昭和60)年 市川市文化会館大ホール第一緞帳原画≪緑の微風≫を制作。
1988(昭和63)年 市川の作家展シリーズ2 東山魁夷 唐招提寺への道展開催。
市川市から名誉市民の称号を贈られる。
1990(平成2)年 長野市城山公園内に長野県信濃美術館東山魁夷館開館。
1994(平成6)年 市川市生涯学習センター内に東山魁夷アートギャラリー開館。
1999(平成11)年 5月6日逝去。
従三位 勲一等瑞宝章を贈られる。