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解説
市川市の魅力を知ることができる
「いちかわかるた」解説一覧です!
かるたを通していちかわを知ろう!

市川のなし おいしくって 言うことなし
市川市は全国有数の梨の産地です。果樹栽培に適した水はけのよい土壌が広がっているため、甘くて美味しい梨を栽培することができ、梨では初めて地域ブランドに認定されました。旬を迎える頃、市の北部では直売所ののぼり旗が立ち始めます。なかでも国道464号線沿いは、通称「大町梨街道」と呼ばれており、約50軒もの梨屋が軒を連ねる様子は夏の風物詩となっています。

ローズいちかわ 色鮮やかに 咲誇る
市川市のバラの歴史は、戦後、名誉市民の式場隆三郎が病院内にバラ園を作ったのが始まりと言われています。1975(昭和50)年には、市民の花がバラに決定し、バラの育成と普及が進みました。また、「ローズいちかわ」は市民が選ぶオリジナルバラとして誕生したもので、里見公園や自然観察園・バラ園などで見ることができます。

春告げる 枝垂れ桜の 妙行寺
原木山妙行寺は、円増院日進上人が日蓮宗布教のため、1538(天文7)年に開創した寺院です。春には堂々たる枝ぶりの素晴らしい枝垂れ桜を見ることができます。

日蓮の 教え受け継ぐ 法華経寺
正中山法華経寺(中山法華経寺)は鎌倉時代の1260(文応元)年に創立された日蓮宗大本山の寺院です。境内には五重塔をはじめ、国宝や重要文化財が数多く所在するほか、桜の名所としても知られています。

星野道夫 時間を越えた レンズの世界
アラスカの大自然とそこに生きる動物や人々を愛した写真家・星野道夫。彼が温かいまなざしで見つめ生涯をかけて記録した写真と文章は、 今も多くの人々に愛されています。

別格の 存在誇る 松並木
クロマツは、市川市の木です。縄文時代にできた市川砂州上、東西4キロメートルに分布しています。地蔵山墓地(市川1丁目)あたりの幹周2.5メートルほどのものが最大で、樹齢は150年前後のものが多くなっています。クロマツが多い理由には、梨園の防風林、屋敷の境界、門松の生産用、旧陸軍の建築資材など諸説あります。

徳願寺 歴史を今に 伝えてる
浄土宗の寺院である海巖山徳願寺は、もともと普光院と呼ばれる草庵で、勝願寺の末寺でした。1610(慶長15)年、徳川家康の帰依により、徳川の「徳」と勝願寺の「願」をとって、徳願寺と名が改められました。山門・鐘楼・経蔵は市川市の有形文化財に指定されています。

地域遺産 地名に残る 塩づくり
徳川のおひざ元となった行徳地域は、江戸時代を通して塩業が発展しました。「塩焼」や「本塩」などの町名は、かつて行徳地域で製塩が行われていた歴史を伝えるために付けられたものです。

理科が好き! 産業科学の 現産館
千葉県立現代産業科学館は、産業に応用された科学技術を体験的に学ぶことができる場を提供することを目的に、1994(平成6)年に鬼高に開館しました。子どもから大人まで楽しめる体験展示が多く、工作教室などの様々なイベントも開催されています。

濡れている 弘法寺の謎 涙石
真間山弘法寺は、奈良時代に「求法寺」として行基菩薩が建立し、平安時代に弘法大師によって「弘法寺」に改称されたといわれています。山門に向かう石段の途中にある常に濡れた状態の不思議な石「涙石」や、樹齢400年の枝垂れ桜「伏姫桜」など、見どころがたくさんあります。

瑠璃色の 江戸川臨む 里見公園
下総台地西端の江戸川に面した場所は、国府台と呼ばれる地域です。古代には下総国府が置かれ、政治や文化の中心地でした。この地に所在する里見公園は、室町時代の国府台合戦の古戦場跡として、また、桜やバラの名所としても知られています。眼下には雄大な江戸川を臨むことができます。

わがまちは 行徳神輿で 盛り上げる
行徳では明治から昭和にかけて、神輿づくりが盛んに行われていました。行徳の祭りのひとつである五ヶ町の祭礼は、行徳地区の5つの町の総鎮守である行徳神明神社(豊受太神宮)の大祭で、1826(文政9)年頃から続いていると言われています。現在は3年に1度、10月中旬に行われています。神輿のもみ(担ぎ)方が独特で、「行徳もみ」と呼ばれています。

鴨の群れ 冬越えをする 新浜鴨場
行徳地区にある宮内庁新浜鴨場は、内外の賓客の接遇の場として使用される皇室関連施設です。鴨場の約12,000平方メートルの池には、毎年2,000羽を超える野鳥などの渡り鳥が越冬のため飛来しています。

寄っといで いちかわ土産 道の駅
道の駅いちかわは、2018(平成30)年4月7日、都市型道の駅として国分にオープンしました。ショップ・レストラン・カフェ・カルチャースペースなど、他の道の駅にない特色があり、シティプロモーションの拠点として利用されています。

たくさんの 生きもの育む 三番瀬
三番瀬は東京湾の最奥部の埋立地によって囲まれた位置にあり、魚貝類や水鳥の生息場所、海苔養殖漁業やホンビノス貝漁などの漁場となるなど様々な機能を備えています。

歴史発見! 縄文薫る 土器と貝塚
約7,000年前頃、海面が上昇して南部の低地と台地の谷筋に海が入り込み、北部の台地上にムラができました。縄文人のくらしの痕跡である住居や土器などが貝塚には遺されています。市川市は、日本でも有数の貝塚密集地域で、堀之内貝塚・曽谷貝塚・姥山貝塚は国指定史跡です。

そびえ立つ 朱色の山門 妙好寺
妙栄山妙好寺は1565(永禄8)年に創建された日蓮宗の寺院です。山門は、建築様式や文様が江戸中期の特色を示しており、市有形文化財に指定されています。

強かった 境川と若島の 横綱相撲
高谷出身の境川浪右衛門と原木出身の若島権四郎は明治時代に活躍した横綱です。境川は左四つ・諸差し・腹櫓・吊り、若島は突っ張り・右四つ・寄り・蹴手繰り・出し投げを得意としました。

熱帯の バナナにコーヒー 観賞植物
大町公園内にある観賞植物園。サボテン・バナナ・コーヒーをはじめ数百種類の熱帯・亜熱帯植物などを温室内で見ることができます。周辺には長田谷津や、自然博物館などの施設もあります。

永井荷風 市川誇る 文化人
小説家・随筆家であり、文化勲章も受章している永井荷風は、2004(平成16)年に名誉市民となりました。市川周辺の風物を描いた作品には「来訪者」「或夜」「羊羹」「畦道」「にぎり飯」「買出し」「葛飾土産」などがあります。

来年も 桜満開 真間川堤
市制施行15周年記念で植樹された約390本の桜並木が続く川沿いは、「真間川堤」と親しまれていました。ところが1958(昭和33)年の狩野川台風などによる度重なる水害のため、真間川流域の改修工事を行うことになり、一部の桜が伐採されました。しかし市民と行政が治水と環境の両立を模索した結果、桜並木の保存と復活が実現し、今日では市内有数の桜の名所となっています。

昔から 公孫樹うつくし 葛飾八幡宮
葛飾八幡宮の創建は平安時代。下総の国の総鎮守八幡宮として鎮座したのが始まりです。ご神木の国指定天然記念物「千本公孫樹(せんぼんいちょう)」は、推定樹齢1200年といわれる巨木で、多くの幹が寄り添って支え合う姿をしていることから、縁結びの御神徳があると伝えられています。

美しい 女神を祀る 手児奈の里
手児奈は、万葉集に歌われた絶世の美女。 多くの男性に慕われつつも、誰にも寄り添うこともなく、真間の入り江に身を投げたと伝えられる伝説のヒロインです。 手児奈霊神堂は、この手児奈を祀ったもので、今では、安産・良縁・子育ての神様として多くの参拝者が訪れます。

農業の 発展支えた 内匠堀
内匠堀とは、江戸時代初期に農業用水を確保するために大柏川から、八幡、行徳、南行徳を経て当代島まで開削された灌漑用水路です。内匠堀プロムナードは、この水路を現代風の親水緑道として復活させたものです。

大空の 野鳥観察 あいねすと
あいねすと(行徳野鳥観察舎)は野鳥を観察できる施設です。1階には憩いの場としてカフェを設置し、2階には近郊緑地を一望できるガラス張りの観察スペースを設けています。

草花に 万葉の和歌 添えられて
大野緑地内に和風庭園を設け、万葉集に詠まれている植物を集め和歌とともに展示しています。藤棚や萩のトンネル、市川市の木として知られるクロマツなど様々な草花を楽しむことができます。

藪知らず 中に入ると 出られない
市役所第1庁舎前に位置する八幡の藪知らずは、広さ約300坪、近世以前はもっと広かったと伝えられています。柵内にある大きな石碑には「不知八幡森(しらずやわたのもり)」と記されており、一度入ったら

まっかなほっぺ 市川とまと 初夏の味
市川とまとはおよそ50年の歴史があるトマトで、市内で約20軒の農家によって栽培されており、都市農業という優位性を生かした採れたて新鮮なことが特徴です。3~8月に旬を迎えます。

劇作家 言葉の達人 井上ひさし
小説家・劇作家。 1967(昭和42)年から1987(昭和62)年まで市川市で創作活動を行い、代表作に「吉里吉里人」「腹鼓記」「四千万歩の男」などがあります。1983(昭和58)年には「こまつ座」を立ち上げ、自ら座付き作家となりました。市川を離れた後も、市川市文化振興財団理事長に就任し、市の芸術文化の振興に貢献されました。

ふれあいが 絆を結ぶ 伝承館
建物は国登録有形文化財である旧浅子神輿店店舗兼主屋と、道路を挟んで向かい合う休憩所があります。主屋では神輿やジオラマの展示、行徳の伝統的な祭りを紹介しています。行徳の歴史と文化にふれあい、散策時に休憩することもできる施設です。

国分川 青空泳ぐ 鯉のぼり
毎年ゴールデンウイークに国分川調節池で開催される国分川鯉のぼりフェスティバルでは数百もの鯉のぼりが掲揚されます。

江戸川に 夏の華咲く 花火かな
市川市と東京都江戸川区の境となる江戸川河川敷において、毎年8月第1土曜日に市川市民納涼花火大会と江戸川区花火大会が開催されています。

手をつなぎ じゅん菜池の 散歩道
じゅん菜池緑地は、緑豊かな木々に囲まれ、水と緑の憩いの場として親しまれています。春は梅、夏はツツジ、秋はキンモクセイの香り、もみじ・かえでの紅葉、冬は飛来する鴨など、四季折々の自然を楽しむことができます。

アイ・リンク 45階の 絶景を
アイ・リンクタウン展望施設は2009(平成21)年10月にオープンしました。45階にある展望施設は地上150メートルから360度の大パノラマが楽しめ、市内全体を見渡せる絶好のビュースポットです。

作品と 作家を紐解く ミュージアム
市川市文学ミュージアムでは、井上ひさし、宗左近(詩人・評論家)、永井荷風、星野道夫など、市川市と関わりの深い文学者・映像作家・写真家など幅広いジャンルの作家の資料を分かりやすく伝えています。

北方に 町がつくのは ぼっけまち
北方町4丁目の「北方町」は「ぼっけまち」と読みます。この地にある大柏川第一調節池は、地域の方から「北方(ぼっけ)遊水池」と呼ばれています。ちなみに、「北方」という町名もあり、こちらは「きたかた」と読みます。

悠久の 時を伝える 常夜灯
常夜灯は、1812(文化9)年に江戸日本橋西河岸と蔵屋敷の講中(信者の集まり)が成田山新勝寺参拝の航路の安全祈願のために、本行徳の新河岸と呼ばれた船着場に建てたものです。高さが4.31メートルの石造りで、側面には協力した人々の名前が刻まれています。市指定有形文化財第1号です。

名作は ここで生まれた 水木洋子邸
脚本家として映画「ひめゆりの塔」や「浮雲」、大河ドラマ「竜馬がゆく」など多くの作品を手がけた水木洋子は名誉市民のひとりです。生前の意思により、自宅や自筆原稿などの財産が市川市へ寄贈され、市民サポーターとの協働で資料整理などの顕彰事業が実施されました。

未来を開く 学び舎集う 国府台
国府台地区には、国立・県立・市立・私立の中学校、高等学校や大学も含め、多くの学び舎が位置します。また、菅野から本北方周辺にも複数の学校があります。

ジャンル超え 笑顔はじける 文化会館
1985(昭和60)年に開館した市川市の文化・芸術の拠点である市川市文化会館は、「てこなホール」という愛称でも親しまれています。2022(令和4)年にリニューアルオープンし、さらに利用しやすくなりました。

東の国 一番の川 それが「市川」
「市川」という地名の由来には、いろいろな説があります。東国一番の大河・利根川の下流に位置した江戸川が「一の川(いちのかわ)」と呼ばれ、のちに「市川」になったというものや、陸・川・海の交通が交わる江戸川沿いに、古代、下総国府の「市(いち)」が立ったからというものなどです。市川市の歴史は、江戸川と深く関係しています。

もっともっと みんなで学ぼう メディアパーク
幼児からお年寄りまでの学習を支援するため、1994(平成6)年に建設されました。中央図書館を中心に、こどもとしょかん・文学ミュージアム・教育センター・少年センター・中央こども館など「よむ」「きく」「まなぶ」「あそぶ」をひとつの施設で可能にしました。

先人の 伝統受け継ぐ 辻切りの技
国府台辻切りは市指定無形民俗文化財で、国府台天満宮で毎年1月17日に行われています。ワラで作った大蛇にお神酒を飲ませて魂入れし、地域の四隅の木に結びつけます。これにより、集落に入ってくる悪霊や病気を追い払うことができると言われています。

澄み渡る 青い世界に 魅せられて
市川市東山魁夷記念館は、20世紀の日本を代表する日本画家で名誉市民でもある東山魁夷画伯が生涯の大半を過ごしたゆかりの地に、2005(平成17)年に開館しました。ミュージアムショップやカフェレストランも楽しめます。



