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ボルネオ保全トラスト「オランウータンのための吊り橋」プロジェクト参加報告

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更新日: 2018年10月23日

はじめに

2008年4月、当園のオランウータン飼育で培ってきたノウハウが野生オランウータン救済の取り組みに役立てられました。

動物園発の技術が野生で暮らす仲間たちを救うかもしれない…本当にそのようなことになれば、私たち動物園人にとっても、また動物園で暮らす動物たちにとってもこれ以上の報いはありません。

しかし、それほどまでに野生の状況が切迫しているという事でもあり、不慣れな生息地での活動のため、期待に応えることも決して簡単ではなく、大きなプレッシャーを感じていたことも事実です。

野生の状況

野生オランウータンの生息数は1960年頃には18万頭はいたであろうと推測されています。
現在ではスマトラ、ボルネオ両種あわせても推定約6万3千頭まで減少してしまいました。
大きな原因は森林の大規模伐採とアブラヤシなどのプランテーションの拡大によるものです。

アブラヤシという言葉はあまり聞きなれない言葉ですが、パーム油(植物油脂と表記されます)の原料となり、私たち日本人の生活には切っても切れない程、ありとあらゆる食品や製品に含まれています。

さらに近年、地球温暖化対策の一環として石油に代わるバイオ燃料開発が進められ、その原料としてのアブラヤシの需要が高まり、ますますプランテーションの拡大に拍車がかかるという皮肉な結果を生んでいます。

アブラヤシプランテーション
プランテーションの写真
アブラヤシ
アブラヤシの写真
アブラヤシを原料とする製品
アブラヤシを原料とする製品の写真

依頼の経緯

私たちに依頼をしたのはマレーシア・サバ州野生生物局及びボルネオ保全トラスト(BCT)というマレーシアのNGOです。

ボルネオ島サバ州北東部に位置するキナバタンガン川流域で、アブラヤシプランテーションの進出により、分断されてしまった森と森をオランウータンが移動できるように消防ホースを利用し橋を掛けようというプロジェクトです。

その技術協力を、多摩動物公園のオランウータン担当者と共に要請されました。

地図

事前の情報、設置図面の作成

これまでにも約3年間に渡りオランウータンが川を渡るための試みはされていましたが、一度も渡ってはくれなかったそうです。

考えられる原因としては、使用していた材質(チェーンやゴムチューブ)、橋の形状、水への恐怖心などがありました。

これらを修正し、動物園で積み重ねた技術や知識を合わせ、1枚の設置図面を作成しました。

この図面は、オランウータンが川を渡るために有効だと思えるアイデアで実現可能なものは全て盛り込むというコンセプトのもと作成しました。

とにかく結果が優先であるという事と、実際にオランウータンがこの橋を渡ってくれたとき改めて検証する事が出来ると考えたからです。

吊り橋設置図面

図面に盛り込んだコンセプト

吊り橋

事前の聞き取り調査では、唯一オランウータンが川を渡ったことのある人工物は、人間用の吊り橋だと知りました。

私たちは、消防ホースなら特別な技術も必要なく短時間に丈夫な吊り橋が制作可能であると考えました。そこでオランウータンの身体スパン、行動様式に適ったサイズの吊り橋をデザインしました。

3次元化

樹上を生活の場とするオランウータンは、言い換えれば「空中の3次元空間利用のスペシャリスト」です。吊り橋をメインに装飾的な広がりを持たせることで視覚的な安心感も得られると考えました。

本物のつるが巻きつくための基軸に利用

ひも状の消防ホースは、つる性植物が巻きつくにも都合がいいように思えます。
自然界にある本物のつるが巻きついて行けば、将来、消防ホースが劣化しても本物の植物が川をまたいで、これ以上の移動手段はありません。さらにイチジク、マメ類など食料となるものがそこに出来ればさらに魅力的だと考えました。ただし、残念ながらこの案は現段階では実現していません。

 森林内部にもホースを伸ばし材質に慣れてもらう

消防ホースにあらかじめ慣れてもらう事で、川を渡る際の恐怖心が少しでも軽減されるのではないかと考えました。

現地での場所決め

現地に到着後、すぐ、設置場所の選定に取り掛かりました。

案内されたのは川幅が20メートルある支流でした。
なかなか条件に見合った場所が見つかりませんでしたが、なんとか好条件のポイントを見つける事が出来ました。

そこには1本の立派なイチジクの木がありました。
それも狭い森から広い森へと、渡らせたい側に生えていますので、この木にイチジクの実がなればオランウータンにとって、橋を渡る大きな動機が芽生える可能性が高まりま す。

シメコロシイチジクの木
シメコロシイチジクの写真

橋の製作、設置作業

今回作業に費やせる日数は2日間、炎天下の中での作業は想像通り決して楽なものではありませんでした。

しかし、多くの現地スタッフに加え、旅行で居合わせた日本人のご夫婦や白人青年もボランティアを申し出てくださり総勢20名近いメンバーが一致団結、わずか4時間で全長18メートル・図面そっくりの橋を完成させました。


実際に設置する際に、製作した橋が現場で複雑に絡まってしまうなどのアクシデントにも見舞われ、残りの1日半は全て設置作業に費やされましたが、なんとか無事にオランウータンのための吊り橋を架ける事ができました。

現場の写真1
現場の写真2

その後の状況

設置から2ヶ月が経過した現在、野生のオランウータン母子が吊り橋の近くで様子を伺う姿が目撃されていますが、未だ渡ったという情報は届いていません。

現地のスタッフたちはその後もメンテナンスと改良を続け、交代でオランウータンが渡る姿を見届けようと見張っています。
最近になって熱感知式の自動カメラも設置されたそうです。
イチジクの木に実がなった時がひとつのチャンスかもしれません。
逆に実がなっても渡らない時は、吊り橋自体、修正が必要となりそうです。

おわりに

動物園技術者が協力して架けた「オランウータンのための吊り橋」は 、試験段階としてその成果を静かに待っています。今回の取り組みは動物園が出来る保全のための協力として、一つのモデルケースと なっていくことも考えられます。

しかし本当の意味での保全という観点からすれば、この取り組み自体、実はただの時間つなぎといわざるを得ません。こうしている間も熱帯雨林はどんどん破壊され続け、状況はますます悪くなるばかりだと…。

それでも今回のプロジェクトが話題を呼び、その延長線上に「失われた森を取り戻す」という本当の意味での保全と、その責任は私たち自身にあると 自覚し、身の回りの生活を見直すきっかけとなるなら、それも無駄ではないと考えます。