ページの先頭です。 メニューを飛ばして本文へ

本文

文化財(国指定)下総国分尼寺跡

ページID:0006557 更新日:2025年10月27日 印刷ページ表示

下総国分尼寺跡(しもうさこくぶんにじあと)

下総国分尼寺跡公園の画像
下総国分尼寺跡公園

「尼寺」の墨書きがある土器の画像
「尼寺」の墨書きがある土器

出土した二彩の小壺の画像
出土した二彩の小壺

下総国分寺跡(国分僧寺跡)より北西500メートルの場所にあり、現在は公園として保存されています。国分尼寺は、国分僧寺と同じように、聖武(しょうむ)天皇が天平13年(741年)に発せられた「国分寺建立の詔」によって、「法華滅罪之寺」(尼寺の正式名称)として各国々に建立されたものですが、建立の実年代は現在のところはっきりしません。

この地はかつて「昔堂(むかしどう)」と呼ばれ、国分僧寺跡と考えられていましたが、昭和8年に多くの瓦とともに底部に「尼寺」と墨書された土器が発見され、尼寺跡であることが分かりました。

伽藍配置は、南北の直線上に講堂を北にして金堂が南にあります。昭和42年夏に行われた発掘調査では、東西25.5メートル、南北22.4メートルの金堂基壇と、東西27メートル、南北19メートルの講堂基壇が発見されています。また、寺域を区画する北・東・南側の溝も確認され、東溝からは黄白色と緑で彩られた二彩の小壺か発見されています。

アクセス

所在地 国分4-17-1ほか

交通 JR総武線市川駅からバス、「国分」下車徒歩10分

見学 下総国分尼寺跡公園として一般開放されています。

皆さまのご意見をお聞かせください

お求めの情報が十分掲載されていましたか?
ページの構成や内容、表現は分かりやすかったですか?
この情報をすぐに見つけられましたか?