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文化財(市指定)鈴近江翁碑

ページID:0006603 更新日:2025年10月27日 印刷ページ表示

鈴近江翁碑(れいおうみおうひ)

鈴近江翁碑の画像
鈴近江翁碑

真間万葉顕彰碑の一つがある亀井院から、北へ50メートルほど進んだ道路脇の一角に鈴木家累代の墓地があり、鈴近江翁碑はその中央に立つ石塔の一つです。碑の高さは103センチメートル、三段の礎石を含めると151センチメートルのがっしりとした石碑です。これは幕府の作事奉行で大工頭を務めた鈴木修理長頼(すずきしゅりながより)が、祖父の鈴木近江長次(戒名:善教院宗味日義)の58回忌にあたる元禄6年(1693)に慰霊のために建立しました。

正面に深々と篆刻された「鈴近江翁碑」の碑文もすばらしいものですが、脇、背の3面に15ミリメートル四方の文字で彫られた碑文も名文です。4代将軍家綱の時代に幕府儒官であった竹洞野宜卿(人見友元、1627~1696)が記したもので、内容は鈴木家の年代記になっています。三河国足助郷(現・愛知県豊田市足助町)の出自から始まって、與八郎、長次(近江)、長常(修理)、長頼(修理)まで4代について書かれ、なかでも碑の正面に「鈴近江翁碑」とあるとおり、長次の事跡については詳細であり、興味深いものが感じられます。

碑文の書は長頼の筆になるもので、銘文からは長頼が真間の地をどれほど深く愛していたかを読みとることができます。

篆刻(てんこく)

メモ

篆書(てんしょ)で木や石などに文字を彫ること。篆書とは漢字の書体の一種で、楷書のもとともなった独特の形です。碑文によく用いられています。

アクセス

見学は自由。亀井院から北へ50メートルほど進んだ道路脇の一画にある、鈴木家累代の墓地内。

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