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文化財(県指定)茶道 式正織部流

ページID:0006613 更新日:2025年10月27日 印刷ページ表示

茶道 式正織部流(しきせいおりべりゅう)

写真:茶道の様子
茶道 式正織部流

茶道式正織部流は古田織部正重然によって創始されました。古田織部は美濃国(岐阜県)の人で、織田信長、豊臣秀吉に仕えた三万五千石の大名でした。茶の湯を千利休に学び、利休なきあと一流をなして、徳川二代将軍秀忠とはじめ諸大名に茶法を伝授したが、大阪夏の陣で内通したとの疑いをかけられ、慶長二十年(1615)切腹を命じられました。
古田織部の創始した茶道は、古田家の傍系によって代々継承され、十四代古田宗閑に至りましたが、その後は古田家を離れ十五代は門下の原鐵石が、十六代は秋元瑞阿弥が式正織部流と称して継承しました。
秋元瑞阿弥は昭和三十年、千葉県指定無形文化財の保持者に認定されましたが、昭和三十八年に没し、以後は織部桔梗会が無形文化財の保持に当たっています。
式正織部流の特色は、草庵での侘茶ではなく、書院式茶室で点てることを基本とした正式な儀礼の茶ということができます。その特徴は、「見目よき格調あるもの」を尊び、

  1. 一切の道具を畳に直には扱わない。
  2. 濃茶、薄茶ともに飲みまわしは行わず、すべて各服点てである。
  3. 書院式茶室で点てることを根本とする。
  4. 手巾を用いて点前の前に手を清める。
  5. 帛紗は、勝手帛紗と道具帛紗の二種類を使い分ける。

などが挙げられます。
また、古田織部は茶室や茶道具にも創意を凝らし、陶芸では織部焼を今日に伝え、さらに庭園には豊かな好みをもった織部灯篭を残しています。
その門下には本阿弥光悦や小堀遠州などがいました。

織部焼(おりべやき)

メモのアイコン1

桃山時代末に美濃地方で始まり、江戸時代には瀬戸で描かれた陶器です。独特の形状と青や黒の釉薬(ゆうやく)、簡素な絵が特徴で、古田織部が好み、指導したと伝わります。

文化人 古田織部

メモのアイコン2

文化人らしく、門下には庭園で知られる小堀遠州(こぼりえんしゅう、1579~1647)や、蒔絵など美術工芸で名高い本阿弥光悦(ほんあみこうえつ、1558~1637)がいます。

アクセス

所在地 国府台3-8-2

交通 JR総武線市川駅からバス「国立病院」下車5分

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