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権現道

行徳街道の東側にほぼ平行して、本行徳一丁目の寺町通りから関ヶ島へと通ずる約1キロメートルの道が、権現(ごんげん)道(みち)と呼ばれています。権現(ごんげん)というのは徳川家康のことで、家康の死後に「東照(とうしょう)大権現(だいごんげん)」として祀られました。この道は、家康が東金へ鷹狩りのために通った道とされています。
ただし、その根拠は、『葛飾(かつしか)誌(し)略(りゃく)』などの地誌や『塩浜(しおはま)由緒書(ゆいしょがき)』など、江戸時代半ば以降に作成された文書や編さん物であることから、確証には至りません。
また、権現(ごんげん)道(みち)に面して、家康が休息したと伝えられる法泉寺(ほうせんじ)、妙覚寺(みょうかくじ)、円頓寺(えんとんじ)、浄閑寺(じょうかんじ)、正讃寺(しょうさんじ)、本久寺(ほんきゅうじ)、教信寺(きょうしんじ)、徳蔵寺(とくぞうじ)など、16世紀の創建と伝わる寺院が建っており、江戸時代初期頃は、地域のメインストリートであったと考えられます。
なお、江戸時代以前は浜堤(はまづつみ)という微高地であり、その地先には海岸が広がっていました。






