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市長 田中 甲
Tanaka Koh
8月の千葉豪雨を始め、その後も全国各地で災害が発生している状況を非常事態と受け止めなければなりません。1日で1カ月以上の雨量がもたらされた軟弱な地盤は大変危険な状態となり、崖崩れが数カ所も発生しました。また、短時間に大量の雨が降ると確実に冠水する地域がある現状は、行政の怠慢と批判を受けても仕方がありません。さらに冠水地域で迅速な対応ができず、市川市は市民の尊い命を失いました・合掌。
政治家は災害に対し、不可抗力という言葉を使ってはいけないと思います。もちろん数カ月で改善するというのは不可能なことですが、なぜ急いで計画を立てて対策してこなかったのか、できないのならば国・県と力を合わせ、次善の策を考えておかなかったのか、猛省する必要があります。
外交・防衛は国政の仕事ですが、地域の教育・医療・福祉・治安・生活と行政の課題に対応する使命も、突き詰めるならば「命を守ること」ではないでしょうか。災害時に気象庁が「命を守る可能性の高い行動をとってください」とアナウンスするように、市川市の市政も、平素より市民の命を守ることを最優先に行っていかなければならないと受け止めています。
天変地異が続く昨今、今後も災害が続く可能性はあります。消防職員・消防団、そして225の自治会・地域の皆さんと最大限協力して減災のために努力してまいりますので、どうぞよろしくお願いいたします。
かつて行徳で作られていた塩。時代とともに姿を消しましたが、このたび失われた地域資源を復活させようと動いています。
歴史を知り、現代へつながる塩のストーリーを一緒に見ていきましょう。
行徳は東京湾に面しており、室町時代にはすでに干潟が広がる地の利を活(い)かして塩づくりが行われていました。
江戸時代には幕府の直轄領として塩田開発に力を入れ、「製塩と流通」の拠点として大いに栄えていたようです。
しかし、他の製塩地との競合や度重なる自然災害による塩田の消失が原因で、緩やかに衰退していきました。
「行徳の塩」は、歴史に名を刻む特産品でしたが、現在ではその名残は地名(本塩・塩焼など)に残るのみとなっています。
およそ100年の時を経て、かつての「塩づくり」を可能な限り再現した製法で、再び復活しようとしています。

▲行徳 汐浜『江戸名所図会』(彩色)
(天保時代1830~1836年ごろ)
出典:行徳まちづくり協議会『行徳の歴史と神輿と祭り』
1.海水を汲(く)み上げろ過する
行徳沖の海水をろ過フィルターに通してきれいにし、ポリタンクに貯(た)めます。
2.塩田を再現
行徳沖の砂を敷き詰めた容器を塩田に見立て、海水を注ぎ天日干しで蒸発させます。
この工程を繰り返すことで「かん水(濃い塩水)」を作ります。
3.釜で一気に煮詰める
大きな釜(昔は石釜・鉄釜など)にかん水を入れ、薪(まき)をくべて煮詰めます。水が蒸発すると、釜の底に真っ白な塩の結晶が沈殿します。
4.塩の完成
仕上げに余分な水分・にがりをじっくりと抜けば「行徳の塩」が完成します。
特徴
精製された市販の塩と比較して、まろやかさが感じられます。
当時の製法に近づけて現代によみがえらせるため、GCF(ガバメントクラウドファンディング※)による寄付を受付中です。ここでしか手に入らない特典も用意しているのでお楽しみに。
100年ぶりの復活に、あなたの力を貸してください。
※ GCFは、株式会社トラストバンクの登録商標です。
寄付特典=「いっち と かっち」のイラスト入り特製カード付きお礼状(2,000円以上の寄付)
申込・申請方法=11月23日(祝日)までに右記2次元コード
問い合わせ=TEL047-359-1254郷土資料館構想室

▲ふるさとチョイス

掲載希望の方は、依頼書を各施設にご提出ください。
詳しくは市公式WebサイトでID6347を検索して確認してください。
問い合わせ=TEL047-712-8632広報広聴課
【川柳選評】
句ができたら必ず中八、下六になっていないか確かめてください。惜しい句がありました。豊太郎さん、本当にそういう世界になってほしいですね。準一さん、蒲団を背負い投げとは素晴らしい表現です。ちよ子さん、折角(せっかく)のお化粧が気になりますね。ハンディファンが役に立つかもしれません。ちよさん、最近は紫外線で白内障が増えているようです。伸介さん、でもカレーもきっとその都度工夫を凝らしているようですね。