QRコードオランウータン ウータン誕生
ウータン誕生!
ウータンが生まれたのは2003年9月の初め、まだまだ残暑の厳しい夏の日のことでした。お母さんの名前はスーミー、お父さんの名前はイーバン。10年前、4歳半でこの動物園にやってきた2人の間に出来た初めての待望の赤ちゃんです。
オランウータンの妊娠期間は8~9ヶ月、わたしたち人と比べると1ヶ月くらい早いようです。ウータンが生まれたのは予定日を4日ほど過ぎた9月4日の夜でした。午前中からなにかそわそわしていたというスーミーに陣痛の兆候が見られたのは夕食の時間、お腹が痛いのか自分の寝室に帰ることも出来ずに隣の部屋でうずくまってしまったそうです。わたしはその日ちょうどお休みで、一緒に担当している同僚から知らせを受け、急いで動物園まで駆けつけてきたのです。「男の子かな?女の子かな?とにかく無事に生まれてくれればそれだけで十分・・・果たしてスーミーはちゃんと子供を育てられるのだろうか・・・イヤイヤ、初めての出産だし、もしも分からなければ自分が引き取って代わりに育てよう・・・」さまざまな思いが駆け巡りました。部屋の前に到着したわたしに振り向くこともなく奥の寝台で横たわっているスーミー。いつお産が始まるかも分からないのでわたしも腹をすえてここで見守ることにしました。入室してから約1時間が経過した18時40分、それはあまりにもあっけない誕生でした。それまでまったく動くことのなかったスーミーが少し寝返りを打った!・・と思った瞬間、いきなり「ビシャッ!」という感じで生まれてしまったのです。すべるように出てきた赤ちゃんはピクリとも動きません。しかもなぜだか身体は真っ白です。それはまるで仏様のような形で仰向けに地面に放置されていました。スーミーは最初、出てきた赤ちゃんには全く興味を示さず羊水でぬれた自分の身体を必死に舐めているだけでした。「なぜ白い?これは死産?うそだろ?」私のあたまも真っ白です・・・とその時、赤ちゃんの手がかすかに動くのがわかりました。そのつぎに口がゆっくりと開き「ゲホッ!」とむせたのです。スーミーはここで初めてその存在に気付いたかのように赤ちゃんを抱き上げて口を吸ってあげました。この間おそらく1分程度の出来事だったでしょう。見ているこちらにはこの一瞬のやり取りがまるで1時間くらいの長さに感じました。
そうして、そのまま体中の膜を舐め取ってもらっているうちに、ようやく「オランウータンの赤ちゃん」とわかる茶色くて小さな命を目の前で確認することが出来たのです。感動・はらはら・そして何よりも神秘的な瞬間でした。
育て方を知らなかったスーミー
これまで、国内の動物園で飼育されたオランウータンが子供を産んでちゃんと育てた確率は約50%、2回に1回は何らかの理由でうまく育てることが出来ていないのが現状です。1番の原因としては、小さい時に親と離された為に育児の仕方を学習する機会がなかったということがあげられます。お母さんになったスーミーも4歳の時この動物園にやってきました。以来子育ての経験はもちろんなく、他の仲間が子育てをしている場面を見たこともありません。それでも無事にウータンを育てることが出来たのは考えればとても不思議なことです。なぜスーミーはちゃんと子育てが出来たのでしょう?
ウータンが生まれた直後、スーミーはこれが赤ちゃんで自分が面倒を見ていくものなのだということは、おそらく理解していなかったはずです。反射的に口を吸ってあげたことで、ひとまず赤ちゃんが窒息する危険はなくなりました。さらにそのあと胎盤も出てきたので「へその緒」でつながった赤ちゃんと胎盤をそれぞれ両手に持つと、スーミーはこれをどうしたらよいものか考えていたようです。胎盤は動きませんが赤ちゃんはたまに動きます。さらに時々「キュ~ッ」と声を出します。声を聞くととても気になるようでした。ここでスーミーが考えた解決策は“声を出したら口を吸う!?”でした(もちろん本当はおっぱいを飲ませてあげればよいのですが・・・)。出産というものは、人間同様オランウータンのお母さんにとってもとても疲れることです。スーミーは大の字になって仰向けに寝ることにしました。そこでこの“たまに口を吸わなければならない小さな物体”をどこに置いておけばよいのか・・・なんとスーミーは頭の上に乗せることにしたのです。おかげで、生まれたばかりの赤ちゃんは、生後わずか2時間、直立の姿勢でスーミーの頭にしがみつくこととなってしまったのです。


母と子、伝えあう“命の絆”
子育ての経験がなく、誰かが子育てしている姿すら見たこともないスーミー。生まれてきた赤ちゃんをどうやって扱えばよいものか?スーミーはスーミーなりに答えを捜していました。お腹に抱かず頭に載せて・・おっぱいの代わりに口を吸う・・・とはいえ、赤ちゃんに危害を加えるつもりもないのです。スーミーの優しい気持ちが伝わってきました。わたしは「妙なことになったな~」とは思いましたが、母子ともども落ち着いている様子でしたのでこのまましばらくは成り行きを見守ることにしました。
物事というものは、あせらずゆっくりと行えば自然と本来あるべき形にたどり着くものなのかもしれません・・・最初に動いたのはお母さんではなくむしろ赤ちゃんのほうでした。人でもそうですが、赤ちゃんには生まれ持った本能とも言えるある反射行動があります。それは「つかむ」ということと「吸う」ということです。ですからこの時も赤ちゃんはお母さんの頭にしがみつき、そして頭を吸っていました。でもいくらお母さんの頭を吸ってもお腹が満たされるわけではありません。寝ては起き、起きては寝て、を繰り返します。次第に赤ちゃんの位置は頭から肩口へ・・・そして胸のほうへと動いて行きました。24時間が経過した頃には身体の向きは反対でしたが、それでもなんとか乳首までたどりつきました。ただ赤ちゃんがおっぱいを吸うときに「チュッ、チュッ」と音が出てしまいます。すると寝ていたスーミーが「ハッ!」と気付いて赤ちゃんの口を吸い、また頭の所に戻してしまうのです。「そこじゃないでしょ。口でしょ!!」とでもいうように・・・こんなことを何度も繰り返しているうちに36時間が経過しました。朝ごはんを待つスーミーの腋にはおっぱいをくわえて眠る赤ちゃんの姿がありました。乳首を吸われるとくすぐったそうでしたが、それでも拒むことはありません。スーミーはようやく理解したようです!2人は経験のなさを、感じあうことでカバーすることが出来たのです。それはまさに、親と子で伝えあう“命の絆”だったのではないでしょうか。

生後数日の母子。疲れているのか、昼間もスーミーはよく寝ていました。

初めての経験でしたがスーミーは赤ちゃんをとても大切にしていました。



