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市川ゆかりの著作家 岸田日出刀

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更新日: 2014年2月26日

岸田日出刀(1899-1966)

略歴

『熱河遺跡』表紙

岸田日出刀(1899-1966)。建築家。

1899年(明治32年)、福岡県福岡市、士族、裁判所書記岸田稔の次男として生まれる。東京府立中、第一高等学校を経て、東京帝国大学工学部建築学科で学び、卒業後も、母校で教鞭をとり続けることとなる。大正11年に講師となり、14年には助教授、昭和4年には教授となり、昭和34年まで、約36年もの間、東大教授として建築設計界における指導的役割を果たされた。その門下生からは、前川國男、谷口吉郎、丹下健三など後の建築界の逸材を育て上げている。

大正13年にはラトー建築会という若い建築家たちの運動に参画。この団体の結成と同じ年に「学士開館」「震災記念建造物」のコンペに参加し、いずれも佳作で入選。翌年14年には、東大安田講堂の設計、昭和4年には東大図書館の設計に関わっている。東京大学構内の代表的な建物といえば何といってもこの安田講堂が有名であり、内田祥三と岸田日出刀の両名によって設計された。ゴシックのコンセプトと表現主義的なモチーフをおりまぜた様式であり、当時としては斬新な近代的なデザインであった。

その業績

岸田日出刀の随筆集
 最初の単行本『オットー・ワグナー』を出版したのは昭和2年。4年には学位論文として『欧州近代建築史論』を発表。その後、昭和10年代に入ると、著作活動は盛んとなる。『過去の構成』『現代の構成』『熱河遺跡』は、自慢のライカで自ら撮影した写真を中心にまとめられており、その建築観や美意識を伺い知ることができる。また勢力的に建築雑誌に建築論文を発表するかたわら、あちこちの新聞や雑誌に建築に関する随筆を載せている。これらは『甍』『堊』『窓』『扉』『縁』という随筆集してまとめられて、一般の人にも広く親しまれてきた。

市川市との関係

岸田日出刀に関連する所蔵資料一覧(別ウィンドウで開きます)

 昭和14年には市川の自邸を設計。終戦後の昭和20年代から30年代にかけては、式場隆三郎らとともに地域文化活動としての指導的役割も果たしていた。趣味も写真、ゴルフ、麻雀、玉突、囲碁など多彩であり、また釣りを好み、市川の釣友会に参加もしていた。

参考文献:

  • 「岸田日出刀」上・下 (相模書房 1972) 
  • 「市川ひと事典第3版」 (エピック社 1995)


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