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市川ゆかりの著作家 井上洋介

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更新日: 2018年12月11日

井上洋介(1931-2016)

略歴

1931(昭和6)年東京都港区生まれ。本名、洋之助。漫画家、画家、イラストレーター、絵本作家。時に「エログロ・ナンセンス」と称される強烈な個性と独特のユーモア溢れる画風で幅広く活躍をした。『くまの子ウーフ』(神沢利子/作 ポプラ社 1969)や、『でんしゃえほん』(ビリケン出版 2000)などの作品は、長く子ども達に親しまれている。
 
『くまの子ウーフ』(神沢利子/作 ポプラ社)
くまの子ウーフ
子どもの頃から絵描きになることを思い定め、東京都立日本橋新制高等学校(現・東京都立日本橋高等学校)の夜間定時制の美術科で版画を学び、その後、武蔵野美術学校(現・武蔵野美術大学)西洋画科を卒業した。
新聞や雑誌の投稿漫画で小島功や長新太らに評価され、武蔵野美術学校在学中から独立漫画派に参加する。1963(昭和38)年に初の漫画集『サドの卵』を自費出版した。1965(昭和40)年にナンセンス漫画で第11回文藝春秋漫画賞、1969(昭和44)年には第4回東京イラストレーターズ・クラブ賞を受賞する。
画家としては、1955(昭和30)年第19回新制作展入選、日本アンデパンダン展、読売アンデパンダン展等に油彩画を出品している。1970年代からは紙と墨でも制作を重ね、田島征三の誘いで从(ひとひと)展に大作を発表した。
一方、1959(昭和34)年から福音館書店の「母の友」に挿絵や表紙絵を描き始め、1960(昭和35)年には初の絵本「おだんごぱん」(『こどものとも47号』瀬田貞二/訳 福音館書店1960)を発表。1969(昭和44)年出版の『くまの子ウーフ』の挿絵を描き、この作品は国語の教科書(光村図書 昭和52年度版2年生など)にも掲載された。1976(昭和51)年の『ビックリえほん』(文研出版)からは、文章を書いた自作絵本も手がけるようになった。

1988(昭和63)年『ぶんぶくちゃがま』(筒井敬介/文 三起商行 1987)ほかで第37回小学館絵画賞を受賞。『月夜のじどうしゃ』(渡辺茂男/文 講談社 1993)で1994(平成6)年、第25回講談社出版文化賞絵本賞、2001(平成13)年に『でんしゃえほん』で第6回日本絵本賞大賞、2013(平成25)年に『ぼうし』(イースト・プレス 2011)で第3回JBBY賞を受賞した。

「卵」や「電車」が大好きで、繰り返しモチーフとして描かれた。同じく繰り返し描かれた「行列」は、東京大空襲で焼け出された人々が千葉街道を延々と行くイメージが記憶にあるという。戦争中に少年時代を過ごした原体験を常に作品の根底に見据え、自分が感じた絵と、「おれ流のおかしさを描き続ける」ことを貫いた。
2016(平成28)年2月3日逝去。
 
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市川市との関係

戦後10代の頃に市川市に越して、1961(昭和36)年から市川市の真間・須和田に在住。2002(平成14)年に市川市民文化賞・奨励賞を受賞。また、市川市芳澤ガーデンギャラリーで2009(平成21)年に「井上洋介 ヱホンとタブロー」展を開催した。
京成電鉄を愛し、もうひとつのアトリエのように創作のアイディアを練ったという。2013(平成25)年には同ギャラリーの「京成電鉄展」に「電車図」等を出品し、ギャラリートーク「京成電鉄と私」を行っている。

参考文献
『市川の文学 散文編』(市川市文学プラザ 2012)
『井上洋介の世界』(井上洋介/著 立風書房 1974)
『井上洋介図鑑』(井上洋介/著,松本育子/編 河出書房新社 2013) 
『絵本作家のアトリエ 1』(福音館書店母の友編集部/著 福音館書店 2012)
『絵本の作家たち 2』(小野明/聞き手,井上洋介/[ほか述] 平凡社 2005)
市川市文化振興財団HP 市川文化人「画家・絵本作家井上洋介さんインタビュー」
http://www.tekona.net/pr/interview/17.php


 

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